・・・またしばらく額を枕へ当てたまま打つ伏せになってもがいている。 全く省作は非常にくたぶれているのだ。昨日の稲刈りでは、女たちにまでいじめられて、さんざん苦しんだためからだのきかなくなるほどくたぶれてしまった。「百姓はやアだなあ……。あ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・と、ぶつ真似をして、「はい、これでもうちへ帰ったら、お嬢さんで通せますよ」「お嬢さん芸者万歳」と、僕は猪口をあげる真似をした。 三味を弾かせると、ぺこんぺこんとごまかし弾きをするばかり。面白くもないが、僕は酔ったまぎれに歌いもした。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・最も善意に解釈して呉れる人さえが打つ飲む買うの三道楽と同列に見て、我々文学に親む青年は、『文学も好いが先ず一本立ちに飯が喰えるようになってからの道楽だ』と意見されたものだ。夫が今日では大学でも純粋文学を教授し、文部省には文芸審査委員が出来て・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・一度打つたびに臭い煙が出て、胸が悪くなりそうなのを堪えて、そのくせそのを好きなででもあるように吸い込んだ。余り女が熱心なので、主人も吊り込まれて、熱心になって、女が六発打ってしまうと、直ぐに跡の六発の弾丸を込めて渡した。 夕方であったの・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・静かなのが、たちまちあらしに変わって、吹雪が雨戸を打つ音がしました。このとき、家の内では、こたつにあたりながら、年子は、先生のお母さんと、弟の勇ちゃんと、三人で、いろいろお話にふけっていたのでした。「スキーできる?」と、勇ちゃんがききま・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ボンがお勝手もとへゆくと、なんにもしないのに水をかけたり、手でぶつまねをしたり、あるときは小石を拾って投げつけたりしました。そして、夜が明けると、ばあさんは勝手もとの戸を開けて、外に出ると、「ほんとうにしかたのない犬だ。こんなところに糞・・・ 小川未明 「少年の日の悲哀」
・・・そうして、おりに いれられて、とおい 町の どうぶつえんへ おくられました。 町の ぼっちゃんや じょうちゃんたちが 子ぐまを かわいがりました。おいしい パンや ビスケットを なげて くれました。子ぐまは ときどき おかあさんを おも・・・ 小川未明 「しろくまの 子」
・・・一人の私服警官が粉煙草販売者を引致してゆく途中、小路から飛び出して来た数名がバラバラツと取りかこみ、各自手にした樫棒で滅茶苦茶に打ち素手の警官はたちまちぶつ倒れて水溜りに顔を突つ込んだ。死んだやうになつてゐた数秒、しかし再び意識をとり戻した・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・しかし、仕事のことを考えると、そうも言っておれないので、結局悪いと思い乍ら、毎日、しかも日によっては二回も三回も打つようになる。その代り、葡萄糖やヴィタミン剤も欠かさず打って、辛うじてヒロポン濫用の悪影響を緩和している。 新吉は左の腕を・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ふと私は、一度脈をはかってやろうと思って病人の手を取ってみましたが、脈は何処に打って居るやら、遙か奥の方に打つか打たぬかと思う程で、手の指先一寸程はイヤに冷たく成って居ます。呼吸はと見ると三十位しか無い「はて、おかしいぞ」と思いましたが、瞳・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫