・・・まだそれよりか、毒虫のぶんぶん矢を射るような烈い中に、疲れて、すやすや、……傍に私の居るのを嬉しそうに、快よさそうに眠られる時は、なお堪らなくって泣きました。」 聞く方が歎息して、「だってねえ、よくそれで無事でしたね。」 顔見ら・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ とのめずるように頸を窘め、腰を引いて、「何にもいわねえや、蠅ばかり、ぶんぶんいってまわってら。」「ほんとに酷い蠅ねえ、蚊が居なくッても昼間だって、ああして蚊帳へ入れて置かないとね、可哀そうなように集るんだよ。それにこうやって糊・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・二円おんの字、承知のすけ。ぶんぶん言って疾進してゆく、自動車の奥隅で、あっ、あっと声を放って泣いていた。今は亡き、畏友、笠井一もへったくれもなし。ことごとく、私、太宰治ひとりの身のうえである。いまにいたって、よけいの道具だてはせぬことだ。私・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ところが丁度幸に花のたねは雨のようにこぼれていましたし蜂もぶんぶん鳴いていましたのであまがえるはみんなしゃがんで一生けん命ひろいました。ひろいながらこんなことを云っていました。「おい、ビチュコ。一万つぶひろえそうかい。」「いそがない・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ そこで軽便鉄道づきの電信柱どもは、やっと安心したように、ぶんぶんとうなり、シグナルの柱はかたんと白い腕木を上げました。このまっすぐなシグナルの柱は、シグナレスでした。 シグナレスはほっと小さなため息をついて空を見上げました。空には・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・「ああ、蜂が、ごらん、さっきからぶんぶんふるえているのは、月が出たので蜂が働きだしたのだよ。ごらん、もう野原いっぱい蜂がいるんだ。」 これでわかったろうとわたくしは思いましたが、ミーロもファゼーロもだまってしまってなかなか承知しませ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
出典:青空文庫