・・・ 思想と文学との両分野に跨って起った著明な新らしい運動の声は、食を求めて北へ北へと走っていく私の耳にも響かずにはいなかった。空想文学に対する倦厭の情と、実生活から獲た多少の経験とは、やがて私しにもその新らしい運動の精神を享入れることを得・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・っと、かくの次第であった処――好事魔多しというではなけれど、右の溌猴は、心さわがしく、性急だから、人さきに会に出掛けて、ひとつ蛇の目を取巻くのに、度かさなるに従って、自然とおなじ顔が集るが、星座のこの分野に当っては、すなわち夜這星が真先に出・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・堕落、荒廃、倦怠、疲労――僕は、デカダンという分野に放浪するのを、むしろ僕の誇りとしようという気が起った。「先駆者」を手から落したら、レオナドはいなくなったが、吉弥ばかりはまだ僕を去らない。 かの女は無努力、無神経の、ただ形ばかりの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 思索の分野は、実に無限である。人生自然の零細な断片的な投影に過ぎないものでも、それはわれ/\の注意力如何によって極めて微妙な思想へまで導いてゆくものである。 読むことから、そして見ることから、われ/\の随時に獲たあるものに対して、・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・しかも、一たび神様となるや、その権威は絶対であって、片言隻句ことごとく神聖視されて、敗戦後各分野で権威や神聖への疑義が提出されているのに、文壇の権威は少しも疑われていないのは、何たる怠慢であろうか。フランスのように多くの古典を伝統として持っ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 吾々の文学はプロレタリアートの全般的な仕事のうちの一分野である。吾々は、プロレタリアートの持つ、帝国主義××××の意志、思想を、感情にまで融合さし、それを力強く表現することによって、一般の労働者農民への、影響力を広く、確実にしなければ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ このはじめて見た文楽の人形芝居の第一印象を、近ごろ自分が興味を感じている映画芸術の分野に反映させることによってそこに多くの問題が喚起され、またその解決のかぎを投げられるように思われる。特に発声映画劇と文楽との比較研究はいろいろのおもし・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・テインでも、ボラージュでもそれらの人々のモンタージュに関する論述を読むに当たって、その記述の表面に現われた具象的なものを適当にムタティス・ムタンディスに置き換えさえすればそれはほとんど完全に他の芸術の分野に適用されうることを見いだすであろう・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それはいいかげんなものであったろうが、しかしこうした方面にも力学の応用の分野があることを知って愉快に思った。 いよいよ西洋へ出発となって神戸まで行ったらあす船に乗るという日に、もう前歯の前面に取り付けた陶器の歯が後面の金板から脱落した。・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・する役目が将来の科学者に残された仕事の分野ではないかという気もするのである。 ともかくも日本で分析科学が発達しなかったのはやはり環境の支配によるものであって、日本人の頭脳の低級なためではないということはたしかであろうと思う。その証拠には・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫