・・・ そうかと云って一概に私はんだら歯の欠けそうな林檎や、切ったら血のかわりに粘土の出そうな裸体や、夕闇に化けて出そうな樹木や、こういったもの自身に対して特別な共鳴を感ずる訳ではない。しかし、もう少しどうにかならないものかと思う時に私の心は・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・私ははじめは粘土でその型をとろうと思いました。一人がその青い粘土も持って来たのでしたが、蹄の痕があんまり深過ぎるので、どうもうまくいきませんでした。私は「あした石膏を用意して来よう」とも云いました。けれどもそれよりいちばんいいことはやっぱり・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ その人はあわてたのをごまかすように、わざとゆっくり川をわたって、それからアルプスの探検みたいな姿勢をとりながら、青い粘土と赤砂利の崖をななめにのぼって、崖の上のたばこ畑へはいってしまいました。 すると三郎は、「なんだい、ぼくを・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・そのかわりひるすぎには、ブドリはネリといっしょに、森じゅうの木の幹に、赤い粘土や消し炭で、木の名を書いてあるいたり、高く歌ったりしました。 ホップのつるが、両方からのびて、門のようになっている白樺の木には、「カッコウドリ、トオルベカ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・あんな処に杉など育つものでもない、底は硬い粘土なんだ、やっぱり馬鹿は馬鹿だとみんなが云って居りました。 それは全くその通りでした。杉は五年までは緑いろの心がまっすぐに空の方へ延びて行きましたがもうそれからはだんだん頭が円く変って七年目も・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・その人は、あわてたのをごまかすように、わざとゆっくり、川をわたって、それから、アルプスの探険みたいな姿勢をとりながら、青い粘土と赤砂利の崖をななめにのぼって、せなかにしょった長いものをぴかぴかさせながら、上の豆畠へはいってしまった。ぼくらも・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・〔はあ、では一寸行って参ります。〕木の青、木の青、空の雲は今日も甘酸っぱく、足なみのゆれと光の波。足なみのゆれと光の波。粘土のみちだ。乾いている。黄色だ。みち。粘土。小松と林。林の明暗いろいろの緑。それに生徒はみんな新鮮だ。・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・お前のような恩知らずは早く粘土になっちまえ。」「おや、呪いをかけたね。僕も引っ込んじゃいないよ。さあ、お前のような、」「一寸お待ちなさい。あなた方は一体何をさっきから喧嘩してるんですか。」新らしい二人の声が一緒にはっきり聞え・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ここから二チェーンほどおいでになりますと、大きな粘土でかためた家がございます。すぐおわかりでございましょう。どうか私もよろしくお引き立てをねがいます。」と云って又叮寧におじぎをしました。 ネネムはそこで一時間一ノット一チェーンの速さで、・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
月そそぐいずの夜揺れ揺れて流れ行く光りの中に音もなく一人もだし立てば萌え出でし思いのかいわれ葉瑞木となりて空に冲る。乾坤を照し尽す無量光埴の星さえ輝き初め我踏む土は尊や白埴木ぐれに潜む物の・・・ 宮本百合子 「秋の夜」
出典:青空文庫