・・・――……つもっても知れましょうが、講談本にも、探偵ものにも、映画にも、名の出ないほどの悪徒なんですから、その、へまさ加減。一つ穴のお螻どもが、反対に鴨にくわれて、でんぐりかえしを打ったんですね。……夜になって、炎天の鼠のような、目も口も開か・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ことに命令されたことをテキパキ実行できないというへまさ加減では、この二人に並ぶ者はない。おまけに兵隊にあるまじいことには、兵隊につきものの厚かましさが欠けていた。 このような二人には、だから鶏の徴発は頗るむずかしかった。が、よしんば二人・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・八十円のお金、よそへまわしてしまいました。おひとりで、やってごらんなさい。そんな苦労も、ちっとは、身になります。八方ふさがったときには、御相談下さい。苦しくても、ぶていさいでも、死なずにいて下さい。不思議なもので、大きい苦しみのつぎには、き・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・きっとまた、へまな不作法などを演じて、兄たちを怒らせるのではあるまいかという卑屈な不安で一ぱいだった。 家の中は、見舞い客で混雑していた。私は見舞客たちに見られないように、台所のほうから、こっそりはいって、離れの病室へ行きかけて、ふと「・・・ 太宰治 「故郷」
・・・愚作家その襤褸の上に、更に一篇の醜作を附加し得た、というわけである。へまより出でて、へまに入るとは、まさに之の謂いである。一つとしてよいところが無い。それを知っていながら、私は編輯者の腕力を恐れるあまりに、わななきつつ原稿在中の重い封筒を、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・平気に、平気に、と心掛ければ心掛けるほど、おのれの動作がへまになった。完璧の印象、傑作の眩惑。これが痛かった。声たてて笑おうか。ああ。顔を伏せたままの、そのときの十分間で、彼は十年も年老いた。 この心なき忠告は、いったいどんな男がして呉・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・人間というものは、あわてればあわてるほど、へまなことしか言えないものなのだろうか。いや、それだけではない。私がその頃、どれほど作家にあこがれていたか、そのはかない渇望の念こそ、この疑問を解く重要な鍵なのではなかろうか。 ああ、あの間抜け・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・の分会査閲に、戦闘帽をかぶり、巻脚絆をつけて参加したが、私の動作は五百人の中でひとり目立ってぶざまらしく、折敷さえ満足に出来ず、分会長には叱られ、面白くなくなって来て、おれはこんな場所ではこのように、へまであるが、出るところへ出れば相当の男・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・黄村先生とは、もとこれ市井の隠にして、時たま大いなる失敗を演じ、そもそも黄村とは大損の意かと疑わしむるほどの人物であるけれども、そのへまな言動が、必ずわれらの貴い教訓になるという点に於いてなかなか忘れ難い先生なのである。私は今年のお正月、或・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・君の亭主は、そんな、へまな男なんだ。それゆえ、君は、その無力の亭主の手助けに、こんな夜かせぎに出なくちゃならなくなってしまった。どうだ、あたっているだろう。」あたるも、あたらぬも無い。私は、二十円とられたのが、なんとしても、いまいましく、む・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫