・・・ 白粉と安油の臭が、プーンとする薄い夜着に、持てあますほど、けったるい体をくるんで、寒そうに出した指先に反古を巻いて、小鼻から生え際のあたりをこすったり、平手で顔中を撫で廻したりして居たけれ共一人手に涙のにじむ様な淋しい、わびしい気持を・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 祖母は気の毒なほどいやな顔をして炉の四辺に艷ぶきんをゆるゆるとかけたり、あっちこっちから来た封筒を二つに割って手拭反古を作ったりして菊太の帰って呉れるのを待って居る。 あきるほど茶をのみ、煙草をふかしてから、「御暇いたしま・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 泥のついた手を反古でふきながら、暮方になったらきっと入れて呉れとたのんでも行われない事を思うといやな気持がする。 何でもない事だのにして呉れれば好い。とは思うけれ共うっかり母にでも云おうものなら、「ああ何でもない事だから自・・・ 宮本百合子 「夜寒」
・・・そしてまた、大部分のものが、何とアメリカシャボンの包紙の反古みたいなものでしょう。どこにもない様に顔の小さい、足の長い美人たちが、それが商売である図案家によって、奇想天外に考え出されたモードのおしゃれをして、たったり坐ったり寝そべったりして・・・ 宮本百合子 「若人の要求」
・・・「誓言を反古にする犬侍め」と甚五郎がののしると、蜂谷は怒って刀を抜こうとした。甚五郎は当身を食わせた。それきり蜂谷は息を吹き返さなかった。平生何事か言い出すとあとへ引かぬ甚五郎は、とうとう蜂谷の大小を取って、自分の大小を代りに残して立ち退い・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・辻堂を大きくしたようなこの寺の本堂の壁に、新聞反古を張って、この坊さんが近頃住まっているのである。 主人は嬉しそうな顔をして、下女を呼んで言い附けた。「饂飩がまだあるなら、一杯熱くして寧国寺さんに上げないか。お寒いだろうから。」・・・ 森鴎外 「独身」
・・・ 石田は、縁の隅に新聞反古の上に、裏と裏とを合せて上げてあった麻裏を取って、庭に卸して、縁から降り立った。 花壇のまわりをぶらぶら歩く。庭の井戸の石畳にいつもの赤い蟹のいるのを見て、井戸を上から覗くと、蟹は皆隠れてしまう。苔の附いた・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫