・・・白はたちまち左の肩をぽかりとバットに打たれました。と思うと二度目のバットも頭の上へ飛んで来ます。白はその下をくぐるが早いか、元来た方へ逃げ出しました。けれども今度はさっきのように、一町も二町も逃げ出しはしません。芝生のはずれには棕櫚の木のか・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・彼はそのときは歴史などは抛りぽかして何にもならないつまらない小説を読んだそうです。しかしながらその間に己で己に帰っていうに「トーマス・カーライルよ、汝は愚人である、汝の書いた『革命史』はソンナに貴いものではない、第一に貴いのは汝がこの艱難に・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・看病に追われて怠けていた上、一代が死んだ当座ぽかんとして半月も編輯所へ顔を見せなかったのだ。寺田はまた旧師に泣きついて、美術雑誌の編輯の口を世話してもらった。編輯員の二人までがおりから始まった事変に召集されて、欠員があったのだ。こんどは怠け・・・ 織田作之助 「競馬」
一 ぽか/\暖かくなりかけた五月の山は、無気味で油断がならない。蛇が日向ぼっこをしたり、蜥蜴やヤモリがふいにとび出して来る。 僕は、動物のうちで爬虫類が一番きらいだ。 人間が蛇を嫌うのは、大昔に、まだ人間とならない時代の・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・この段取の間、男は背後の戸棚にりながらぽかりぽかり煙草をふかしながら、腮のあたりの飛毛を人さし指の先へちょと灰をつけては、いたずら半分に抜いている。女が鉄瓶を小さい方の五徳へ移せば男は酒を燗徳利に移す、女が鉄瓶の蓋を取る、ぐいと雲竜を沈ませ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・するとやがて後の方で、ぽか/\/\と大そうなひづめの音が聞え出しました。王子は走りながら、「おいおい、何だろう。」と三人の家来に言いました。「おや、兵たいのようですよ。ああ、兵たいだ/\。馬に乗った兵たいが大風のようにとんで来ます。・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・枯れた根株の、眉間と水落ちに相当する高さの個処へ小刀で三角の印をつけ、毎日毎日、ぽかりぽかりと殴りつけた。おまえ、間違ってはいませんか。冗談じゃないかしら。おまえのその鼻の先が紫いろに腫れあがるとおかしく見えますよ。なおすのに百日もかかる。・・・ 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫