・・・ この光、ただに身に添うばかりでなく、土に砕け、宙に飛んで、翠の蝶の舞うばかり、目に遮るものは、臼も、桶も、皆これ青貝摺の器に斉い。 一足進むと、歩くに連れ、身の動くに従うて、颯と揺れ、溌と散って、星一ツ一ツ鳴るかとばかり、白銀黄金・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・って、穂先に滝津瀬、水筋の高くなり行く川面から灌ぎ込むのが、一揉み揉んで、どうと落ちる……一方口のはけ路なれば、橋の下は颯々と瀬になって、畦に突き当たって渦を巻くと、其処の蘆は、裏を乱して、ぐるぐると舞うに連れて、穂綿が、はらはらと薄暮あい・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・あくどい李の紅いのさえ、淡くくるくると浅葱に舞う。水に迸る勢に、水槽を装上って、そこから百条の簾を乱して、溝を走って、路傍の草を、さらさらと鳴して行く。 音が通い、雫を帯びて、人待石――巨石の割目に茂った、露草の花、蓼の紅も、ここに腰掛・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 小風は、可厭、可厭…… 幼い同士が威勢よく唄う中に、杢若はただ一人、寒そうな懐手、糸巻を懐中に差込んだまま、この唄にはむずむずと襟を摺って、頭を掉って、そして面打って舞う己が凧に、合点合点をして見せていた。 ……にもか・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 今はよく晴れて、沼を囲んだ、樹の袖、樹の裾が、大なる紺青の姿見を抱いて、化粧するようにも見え、立囲った幾千の白い上じょうろうが、瑠璃の皎殿を繞り、碧橋を渡って、風に舞うようにも視められた。 この時、煩悩も、菩提もない。ちょうど汀の・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・女などは髪切の化物が飛び込んだように上を下、くるくる舞うやらぶつかるやら、お米なども蒼くなって飛んで参って、私にその話をして行きましたっけ。 さあ二日経っても三日経っても解りますまい、貴夫人とも謂われるものが、内からも外からも自分の家の・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ どうでもなれ、左を試みに振ると、青玉も黄玉も、真珠もともに、月の美しい影を輪にして沈む、……竜の口は、水の輪に舞う処である。 ここに残るは、名なればそれを誇として、指にも髪にも飾らなかった、紫の玉ただ一つ。――紫玉は、中高な顔に、・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・侍女たちが手に手を取って投げる金銀の輝きと、お姫さまの赤い着物とが、さながら雲の舞うような、夕日に映る光景は、やはり陸の人々の目に見られたのです。「お姫さまの船が、海の中に沈んでしまったのだろうか。」と、陸では、みんなが騒ぎはじめました・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・白い鳥は、その島にゆくと、花の咲いている野原の上で舞うのである。またあるときは、いつも緑の色の変わらない林の中で歌い、あるときは、美しい女の肩に止まって愛されもするというが、じつに不思議なことだ。」 物知りの老人は答えました。この話を聞・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・去年の春、御殿にお客がありまして、ご宴会のございましたときに、殿さまから、お姫さまに歌をうたって舞うようにとのご命令がありました。あの女は、そんな歌も知らなければ、また舞いもできませんでした。それを知らぬというわけにもいかず、その前夜、井戸・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
出典:青空文庫