・・・横車を押し意だけ高に何かを罵って居た時、才覚のある者が、ふみばさみに文をはさんで、これを大臣に奉ると云って擬勢を示したら、「大臣ふみもえとらず、手わななきてやがて笑ひて、今日は術なし、右の大臣にまかせ申すとだにいひやり給はざりければ・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
・・・祭をする度に、祭るに在すが如くすと云う論語の句が頭に浮ぶ。しかしそれは祖先が存在していられるように思って、お祭をしなくてはならないと云う意味で、自分を顧みて見るに、実際存在していられると思うのではないらしい。いられるように思うのでもないかも・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・「又もあらじ魂祭るてふ折に逢ひて父兄の仇討ちしたぐひは」幸に太田七左衛門が死んでから十二年程立っているので、もうパロヂイを作って屋代を揶揄うものもなかった。 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・いと浅からぬ御恵もて、婢女の罪と苦痛を除き、この期におよび、慈悲の御使として、童を遣わし玉いし事と深く信じて疑わず、いといとかしこみ謝し奉る」と。祈り終って声は一層幽に遠くなり、「坊や坊には色々いい残したいことがあるが、時迫って……何もいえ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・諸君はその神々を祭るために眠りをも忘れて熱中する。けれども諸君はこの神々に真に満足しているか。予は散歩の途上、諸君の礼拝する所を見て歩いた時に、「知らざる神に」と刻りつけた一つの祭壇を見いだして非常に驚いたことがあった。諸君の中には確かにあ・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫