・・・ 散々思い惑うた末、先の内お君が半年ほど世話になって居た、森川の、川窪と云う、先代から面倒を見てもらって居る家へ出かけて見る気になった。 けれ共、考えて見れば川窪へも行かれた義理ではない。お君が、我儘から辛棒が出来ないで、母親に嘘電・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ やがて我に還ると、私は、執拗にとう見、こう見、素晴らしい午後の風景を眺めなおしながら、一体どんな言葉でこの端厳さ、雄大な炎熱の美が表現されるだろうかと思い惑う。惑えば惑うほど、心は歓喜で一杯になる。 ――もう一つ、ここの特徴で・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・心のうちでは、そんなことをしている寒山、拾得が文殊、普賢なら、虎に騎った豊干はなんだろうなどと、田舎者が芝居を見て、どの役がどの俳優かと思い惑うときのような気分になっているのである。 ――――――――――――「はなはだむ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・肉の執着といい生命虚栄の執着という、すべて人生を乱す魔道である。数億の人類が数億の眼を白うして睨み合う。睨み合う果てに噛み合いを初める。この地獄に似る混沌海の波を縫うて走る一道の光明は「道徳」である。吾人はここにおいて現代の道徳に眼を向ける・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫