・・・むかし、魔法を使うように、よく祈りのきいた、美しい巫女がそこに居て、それが使った狢だとも言うんですがね。」 あなたは知らないのか、と声さえ憚ってお町が言った。――この乾物屋と直角に向合って、蓮根の問屋がある。土間を広々と取り、奥を深く、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・お姫さまは、その皇子をまだごらんにならなかったばかりでなく、その国すら、どんな国であるか、お知りにならなかったのです。「さあ、どうしたものだろうか。」と、お姫さまは、たいそうお考えになりました。それには、だれか人をやって、よくその皇子の・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・すると、この国の皇子にしてやる。」と、じいさんのいった言葉を思い出し、少年は、じいさんにあおうと思って、「眠い町」に旅出をしました。 幾日かの後「眠い町」にきました。けれども、いつのまにか昔見たような灰色の建物は跡形もありませんでし・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・ そこであるとき、巫女を呼んで、どうしたら自分は長生きができるだろうかと問われたのであります。巫女は秘術をつくして天の神さまにうかがいをたてました。そしていいましたのには、これから海を越えて東にゆくと国がある。その国の北の方に金峰仙とい・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・ 拝殿では、白い着物を着て赤い袴をはいた二人の巫女が、一人は鈴を持ち、一人は刀を持って踊っていた。 庄之助はまだ拝んでいる。寿子はふっとおかしくなって、「パパは何をお祈りしているのやろ?」 と、肚の中で呟いた。 庄之助は・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・万葉集の巻の三には大津皇子が死を賜わって磐余の池にて自害されたとき、妃山辺の皇女が流涕悲泣して直ちに跡を追い、入水して殉死された有名な事蹟がのっている。また花山法皇は御年十八歳のとき最愛の女御弘徽殿の死にあわれ、青春失恋の深き傷みより翌年出・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・口寄せ、梓神子は古い我邦の神おろしの術が仏教の輪廻説と混じて変形したものらしい。これは明治まで存し、今でも辺鄙には密に存するかも知れぬが、営業的なものである。但しこれには「げほう」が連絡している。忍術というのは明治になっては魔法妖術という意・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・馬鹿な弟子どもは、あの人を神の御子だと信じていて、そうして神の国の福音とかいうものを、あの人から伝え聞いては、浅間しくも、欣喜雀躍している。今にがっかりするのが、私にはわかっています。おのれを高うする者は卑うせられ、おのれを卑うする者は高う・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・あるが、図の中央に王子のような、すこやかな青春のキリストが全裸の姿で、下界の動乱の亡者たちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚の母は、その美しく勇敢な全裸の御子に初い初いしく寄り添い、御子への心か・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・父様も母様も婆様のほんとうの御子ではございませぬから、婆様はあまり母様のほうへお遊びに参りませず四六時中、離座敷のお部屋にばかりいらっしゃいますので、私も婆様のお傍にくっついて三日も四日も母様のお顔を見ないことは珍らしゅうございませんでした・・・ 太宰治 「葉」
出典:青空文庫