・・・近頃の自然こそ、人間が眠っている暗い夜の間にも巻葉の解かれるサッサッと云う微な戦ぎで天地を充たすようだ。 雨はやんだらしいが、雲は晴れないと見え、硝子窓の外は真暗闇だ。楓の軟かい葉から葉に伝って落ちる点滴の音がやや憂鬱に響いて来る。夜の・・・ 宮本百合子 「新緑」
・・・アメリカは安い商品を如何に多く市場へ販売するかという資本家の慾に発足した商品の大量生産であるが、ソヴェトは目下非常に購買力の高くなったプロレタリアに如何に早く多くの購買力を充たすかという点から起って来る大量生産だ。まだ経済的に余裕がないし、・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・けれども、これほど貧しい頭を持ち、これほど磨かれない魂の自覚に苦しめられながら、それを満たすために、輝やかせるために、自分は独りであらゆる破調に堪えて行かなければならないのか…… 彼女は実に悠久な悲哀に心を打たれた。 けれど・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・そのころはまだ田端の汽車や、牧田の牛や子供の生活をみたす豊富な単純さで、昼と夜とがすぎた。 道灌山へいっていい? と母にきいて、さておきまりの一隊が出発するようになった時分、わたしは、きっと母からだったのだろう。太田道灌の話をきいた・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・正月元日に明治神宮の参道をみたす大衆の中に、インテリゲンチャは何人まざっていたかと当時の知識人を叱責した彼のその情報局的見地に立ったものでした。 日本の降伏後、言論の自由、思想と良心と行動の自由があるようになったはずです。でもその現実は・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・――その望みが協って、此程、僅かな日数ではあったが、其処に滞在して、一種の渇望を満たすことが出来たのは、此上ない幸福でありました。 元来、旅行好きな私は、いま迄、随分色々な処を訪れて見ましたが大抵は失望しました。いつも私の想像したツマリ・・・ 宮本百合子 「「奈良」に遊びて」
・・・ こんなにも食べたく、こんなにも待ち遠がるほど三度三度の食事は、子供達の腹をみたすだけ十分でないのだろう。 育つ勢の盛なる子供達はたとえその度毎にあきあきするほど食べても、又その次の時には、前に一口も何も食べなかった様に待ち遠がった・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・着物もつまりは、その生活の二つの基調に適合した変化が必要だし、その必要をみたすことが衣服の最低の条件なのだろうと思う。 簡単服という言葉はホーム・ドレスを意味する日本名だが、日本の女性たちの生活は、働き着として朝身につけたその簡単着を、・・・ 宮本百合子 「働くために」
・・・ この次の機会にこそ、日本は漁夫の利をしめるか、さもなければ大漁祝いのわけ前にありついて、前回でものにしそこねた北や南での領土的野心をみたすことができるという潜行的な宣伝が行われている。あれこれと形をかえて、民間にはいりこんでいるもとの・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・「お祖父さん、今日は『満たすものなり』を抜かしたよ」「嘘だろう?」不安そうに疑りぶかく祖父は訊いた。「抜かしたんだよ!」 ゴーリキイは宙で祖父が忘れた祈祷のきまり文句をとなえる。祖父は極りわるそうに瞬きしながらゴーリキイの記・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫