・・・ 鶏冠山砲台を、土台ぐるみ、むくむくっとでんぐりがえす処の、爆破力を持ったダイナマイトの威力だから、大きくもあろうか? 主として、冬は川が涸れる。川の水が涸れないと、川の中の発電所の仕事はひどくやり難い。いや、殆んど出来ない。一冬で・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・顔がむくむく膨れていて、おまけにあんな冠らなくてもいいような穴のあいたつばの下った土方しゃっぽをかぶってその上からまた頬かぶりをしているのだ。 手も足も膨れているからぼくはまるで権十が夜盗虫みたいな気がした。何をするんだと云ったら、なん・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・すっかり夏のような立派な雲の峰が東でむくむく盛りあがり、さいかちの木は青く光って見えました。 みんな急いで着物をぬいで淵の岸に立つと、佐太郎が一郎の顔を見ながら言いました。「ちゃんと一列にならべ。いいか、魚浮いて来たら泳いで行ってと・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ ある日ブドリが老技師とならんで仕事をしておりますと、にわかにサンムトリという南のほうの海岸にある火山が、むくむく器械に感じ出して来ました。老技師が叫びました。「ブドリ君。サンムトリは、けさまで何もなかったね。」「はい、いままで・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 見ると、稍々灰色を帯びた二つの瞳は大して美麗ではないが、いかにもむくむくした体つきが何とも云えず愛らしい。頭、耳がやはり波を打ったチョコレート色の毛で被われ、鼻柱にかけて、白とぶちになって居る。今に大きくなり、性質も悠暢として居そ・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・きょうは、曇天ではあるが気候は暖かで、私は毛糸のむくむくした下へ着るものは我知らずぬいでいるくらいです。今年はこれから一月一杯オーバーなしですごせる程の暖い正月だとあったけれども、どうかしら。そちらはこの暖かさがどの位おわかりになるのでしょ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ むくむくしてかたい腕や、黒い手先をこすったりした。 これからざあっと一月又会わなくなると云う事等は一寸も悲しい事にも淋しい事にも思えなかった。 新らしい書(み物を二冊ほど持って京子はせっついて帰った。 立つ日も聞こうと・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・鳥は羽の色の真白な、むくむくと太ったのを見立てて買った。跡から持たせておこすということである。石田は代を払って帰った。 牝鶏を持て来た。虎吉は鳥屋を厩の方へ連れて行って何か話し込んでいる。石田は雌雄を一しょに放して、雄鶏が片々の羽をひろ・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・あれが静かな、軟い、むくむくした二頭曳の中だったら、あなただってわたくしが黙っているのにお気が附いて、なぜ黙っているかとお尋ねになったでしょう。するとわたくしまあ、ちょいと泣き出したかも知れませんのね。男。ははあ。なるほど。なるほど。・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・前に言ったように椎の新芽の黄金色が、むくむくと盛り上がったような形で東山の山腹のあちこちに目立ってくるのは、ちょうどこのころである。やがてその新芽がだんだん延びて、常磐樹らしく落ちついた、光沢のある新緑の葉を展開し終えるころには、落葉樹の若・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫