・・・そのとき、もちろん無声映画であるのにかかわらず、不思議なことには、画面に写し出された太鼓のばちの打撃に応じて太鼓の音がはっきり耳に聞こえるような気がした。よく注意してみると、窓の外の街上を走る電車の騒音の中に含まれているどんどんというような・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・彼らを昭和年代の今日に地下より呼び返してそれぞれ無声映画ならびに発声映画の脚色監督の任に当たらしめたならばどうであろう。おそらく彼らはアメリカ式もドイツふうも完全に消化した上で、新しい純粋国民映画を作り上げるであろう。光琳や芭蕉は少数向きの・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・この現象はトーキーでなく無声映画でも利用されうるであろうが、しかしトーキーだといっそう有効に応用されうるわけである。たとえば、画中の人物が蒲団を引っかぶる。スクリーンにこの光の舞踊を思わせるものが適当に映出される。そうして枕もとの時計のチク・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・いた寝屋の雪洞の光は、この流派の常として極端に陰影の度を誇張した区劃の中に夜の小雨のいと蕭条に海棠の花弁を散す小庭の風情を見せている等は、誰でも知っている、誰でも喜ぶ、誰でも誘われずにはいられぬ微妙な無声の詩ではないか。敢えて絵空事なんぞと・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・日の光が斜めに窓からさし込むので、それを真面に受けた大尉の垢じみた横顔には剃らない無性髯が一本々々針のように光っている。女学生のでこでこした庇髪が赤ちゃけて、油についた塵が二目と見られぬほどきたならしい。一同黙っていずれも唇を半開きにしたま・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 銀と黄金が考え深い様にまたたくと私の霊は戦く様に共にまたたき無声の声にほぎ歌を誦せばその余韻をうけて私も心の奥深くへと歌の譜を織り込んだ。 銀と黄金と私の心と―― 一つの大きなかたまりとなって偉大な宙に最善の舞を舞う。・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・父は当時いつも「無声」という号をつかい、隷書のような書体でサインして居る。 書簡註。父は当時三十七歳。旧藩主上杉伯の伴侶としてイギリスに旅立った。留守宅の収入は文部省官吏とし月給半額。妻と三子あり。高等学校の学生であっ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
荒漠たる原野――殊に白雪におおわれて無声の呪われた様な高原に次第次第に迫って来る夜はまことに恐ろしいほど厳然とした態度をもって居る。 灰色と白色との合するところに細く立木が並んで居るほか植物は影さえもなく町に通わなけれ・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
・・・むずかしく申しますと、「無声に聴く」と云うことが一頭曳の馬車では出来なくなりますのですね。そこで肝心のだんまりも見事にお流れになりましたの。それと一しょに何もかもお流れになりましたのね。まあ、本当に迷ってしまっている女にだって、何もかも大き・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫