・・・光を失ったヘラクレス星群も無辺の天をさまよう内に、都合の好い機会を得さえすれば、一団の星雲と変化するであろう。そうすれば又新しい星は続々と其処に生まれるのである。 宇宙の大に比べれば、太陽も一点の燐火に過ぎない。況や我我の地球をやである・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕は人の手に作られた石の地蔵に、かしこくも自在の力ましますし、観世音に無量無辺の福徳ましまして、その功力測るべからずと信ずるのである。乃至一草一木の裡、あるいは鬼神力宿り、あるいは観音力宿る。必ずしも白蓮に観音立ち給い、必ずしも紫陽花に鬼神・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ただ一種の小動物だけでも、その影響の及ぶところははかり知られぬ無辺の幅員をもっているであろう。その害の一端のみを見てただちにそのものの無用を論ずるのは、あまりにあさはかな量見であるかもしれない。 蠅がばいきんをまきちらす、そうしてわれわ・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・そうして、どうするのが善いとか悪いとか、そんな限定的なモラールや批判や解説を付加して説明するにはあまりに広大無辺な意味をもったものである。それをいいかげんなほんの一面的なやぶにらみの注解をつけて片付けてしまうのではせっかくのおとぎ話も全く台・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・ただ一種の小動物だけでもその影響の及ぶところは測り知られぬ無辺の幅員をもっているであろう。その害の一端のみを見て直ちにその物の無用を論ずるのはあまりに浅はかな量見であるかもしれない。 はえが黴菌をまき散らす、そうしてわれわれは知らずに年・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・しかしレンズとフィルムは物質であってなんらの既成概念もなければ抽象能力もない、一見ばか正直のようであって、しかも広大無辺の正確なる認識能力を所有しているのである。試みにたったひとこまの皮膜に写った形像を精細に言葉で記載しようとしてもおそらく・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・しかし、ともかくも連句というものの世界の広大無辺なことを思わせる一例であろう。少し変わった言い方をすると「俳諧の道は古代ギリシアの兵法にも通う」のである。これは一笑に値する。 六 昔、ラスキンが人から剽窃呼ばわりをさ・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・広大無辺の自然にはなお無限の問題が伏在しているのに、われわれの盲目なためにそれを問題として認め得ない結果、それが存在しないかのように枕を高くしているのである。 多年藤原博士の心にかけて来られた渦巻に関する各種の現象でも、実にいろいろの不・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・これから見ても連句の世界の広大無辺なことをいくらでも想像することができるであろう。 普通西洋音楽で一つのまとまった曲と称するものにいろいろの形式がある。たとえば三部形式と称するものでは、その名の示すように三つの相次ぐ部分から成立している・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・丁度、西南戦争の後程もなく、世の中は、謀反人だの、刺客だの、強盗だのと、殺伐残忍の話ばかり、少しく門構の大きい地位ある人の屋敷や、土蔵の厳めしい商家の縁の下からは、夜陰に主人の寝息を伺って、いつ脅迫暗殺の白刄が畳を貫いて閃き出るか計られぬと・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫