・・・「金の吸口で、烏金で張った煙管で、ちょっと歯を染めなさったように見えます。懐紙をな、眉にあてて私を、おも長に御覧なすって、 ――似合いますか。――」「むむ、む。」と言う境の声は、氷を頬張ったように咽喉に支えた。「畳のへりが、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「ああ、おいしいよ。」 と言ってまた箸を付けた。「そりゃ可い、北国一だろ。」 と洒落でもないようで、納まった真顔である。「むむ、……まあ、そうでもないがね。」 と今度は客の方で顔を見た。目鼻立は十人並……と言うが人間・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 欣弥さんはお奉行様じゃ、むむ、奥方にあらず、御台所と申そうかな。撫子 お支度が。(――いい由村越 さあ、小父さん、とにかくあちらで。何からお話を申して可いか……なにしろまあ、那室へ。七左 いずれ、そりゃ、はッはッはッ、・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・「むむ、そうだろう。気の小さい維新前の者は得て巡的をこわがるやつよ。なんだ、高がこれ股引きがねえからとって、ぎょうさんに咎め立てをするにゃあ当たらねえ。主の抱え車じゃあるめえし、ふむ、よけいなおせっかいよ、なあ爺さん、向こうから謂わねえ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・遠慮のない親友同士の間では人が右といえば必ず左というのが常癖で、結局同じ結論に達した場合「むむ、そうか、それなら同説だ、」といったもんだ。初めから同じ結論に達するのが解っていても故意に反対に立つ事が決して珍らしくなかった。かつこの反対の側か・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・「むむ、あの店にいる三十近くの?」「あれさ、為といって佃の方の店で担人をしていた者でね、内のが病気中、代りに得意廻りをさすのによこしてもらったんだが、あれがまた、金さんと私の間を変に疑ってておかしいのさ。私が吉新へ片づかない前に、何・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・けれど一つの難がある、それは女難だ、一生涯女に気をつけてゆけばきっと立派なものになる』と私の頭を撫でまして、『むむ、いい児だ』としげしげ私の顔を見ました。 母は大喜びに喜こびまして、家に帰えるやすぐと祖母にこのことを吹聴しましたところが・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「どうも是という芸は御座いませんが、尺八ならすこしひねくったことも――」と、男は寂しそうに笑い乍ら答えた。「むむ、尺八が吹けるね。それ見給え、そういう芸があるなら売るが可じゃないか。売るべし。売るべし。無くてさえ売ろうという今の世の・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・「それには僕はこういうことを考えてる」と原は濃い眉を動して、「一つ図書館をやって見たいと思ってる」「むむ、図書館も面白かろう」と相川は力を入れた。「既に金沢の方で、学校の図書室を預って、多少その方の経験もあるが、何となく僕の趣味・・・ 島崎藤村 「並木」
出典:青空文庫