・・・そういう時は見ても見えず、聞いても聞えず、心は何処か余所になってしまっていて、貴い熱も身を温めず、貴い波も身を漂わさず、他の人が何日か出会って、一度は争って、終には恵みを受ける習の神には己は逢わずにしまった。死。いや。この世の生活をこの・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・喰い残りの麦飯なりとも一椀を恵み給わばうれしかるべしとて肩の荷物を卸せば十二、三の小娘来りて洗足を参らすべきまでもなし。この風呂に入り給えと勧められてそのまま湯あみすれば小娘はかいがいしく玉蜀黍の殻を抱え来りて風呂にくべなどするさまひなびた・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・主の恵み讃うべく主のみこころは測るべからざる哉。われらこの美しき世界の中にパンを食み羊毛と麻と木綿とを着、セルリイと蕪菁とを食み又豚と鮭とをたべる。すべてこれ摂理である。み恵みである。善である。どうです諸君。ご異議がありますか。」 博士・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ただ口先で、いろいろなことをいって、社会主義だとか、民主主義だとか、しまいにはキリストまで引張り出して恵みを乞う、そういうおかしな、すり変えられた民主主義は真平御免だと思うのです。私どもはロシアの勤労階級の人々と同じ二十世紀の世界歴史の中に・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・ なりは鳥共の中でいっち小そうてはあったが色と声の美くしさはお造りなされた神さえ御驚きなされたと申すほどでの、神からも人間からも恵みは大したものであった。 毎日毎日太陽と共に歌い出て月に挨拶致いてからねぐらにもどったと申す事じゃ。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 彼は、俺は此上ないお恵みにあずかって居ると思った。彼女も、ほんとに私は運が好い何て有難い事だろうと思った。 そして、二羽は同じ様な歓喜と、同じ様な感謝に満ちて、爪立ち首を勇ましく持ちあげて、向うの杉の枝に座って被居っしゃるお月様に・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・「いと栄えある聖母さま、今日もあなたの恵みを与え給え。おん母さま」 地べたにつく程低くお辞儀をすると、のろくだんだんに背中をのばして、再び次第に熱心に感動的にささやいた。「喜びの泉よ、いと浄き美女よ、花咲く林檎の樹よ……」 ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・初めはちょうど軒下に生まれた犬の子にふびんを掛けるように町内の人たちがお恵みくださいますので、近所じゅうの走り使いなどをいたして、飢え凍えもせずに、育ちました。次第に大きくなりまして職を捜しますにも、なるたけ二人が離れないようにいたして、い・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・あの男は神の恵みの下に眠るがよい。お前さんはとにかくまだ若いから」と云うような事であった。ユリアは頷いた。悲しげな女の目には近所の人達の詞に同意する表情が見えた。そしてこう云った。「難有うございます。皆さんが御親切になすって下すって難有うご・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫