・・・田島は、そこへ、一週間にいちどくらい、みなの都合のいいような日に、電話をかけて連絡をして、そうしてどこかで落ち合せ、二人そろって別離の相手の女のところへ向って行進することをキヌ子と約す。 そうして、数日後、二人の行進は、日本橋のあるデパ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・細い桃色鉛筆で奇怪な分数を約すように同じ文字を消して行くRとR、UとU、KとKと。残った綴字はいくつあるかL、F、H、LFH……ああ 私はH、H! 何と云う暗合内心に深く沈み込んだ私の批難が此処に現れ出よ・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・又ズク麿さんをとなりにかけさせ、自分訳す、ズク麿さん歎文的日本語になおす。 十日働き、その翻訳もすみ、独り部屋でロシアへ報告書を書いた。終ってペンをおき傍のディァンに横った。それきり。看護婦心配してやがて来たときにはもう死んで居た。平和・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ギリシア神話と英雄伝とを日常生活の伝統に持っていない日本人にとっては、全く訳者の云われている通り訳すにも労多く、感情をもって理解するにも当然或る困難を伴うのである。同時に、今日の世界に生きている読書人にとっては、例えばギリシア人の間で母権か・・・ 宮本百合子 「先駆的な古典として」
・・・という言葉にからんで、この言葉を要請と訳すことは、ロシア語としてできませんかと質問したとき、菅氏の答えた答えこそ、彼の悲劇の本質を示しています。菅氏は通訳として、その限度の中での証人として、証人台に立ったのです。菅氏は、ロシア語の実際として・・・ 宮本百合子 「若き僚友に」
出典:青空文庫