・・・ あの男がかようになろうとは、夢にも思わずに居りましたが、真に人間の命なぞは、如露亦如電に違いございません。やれやれ、何とも申しようのない、気の毒な事を致しました。検非違使に問われたる放免の物語 わたしが搦め取った男でご・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・と言う声を聞くと同時にやれやれ助かったという気になった。そうして首を上げて、今まで自分たちの通っていたのが、しげった雑木の林だったということを意識した。安心すると急に四方のながめが眼にはいるようになる。目の前には高い山がそびえている。高い山・・・ 芥川竜之介 「槍が岳に登った記」
・・・「おしまいだな」とフレンチは思った。そして熱病病みのように光る目をして、あたりを見廻した。「やれやれ。恐ろしい事だった。」「早く電流を。」丸で調子の変った声で医者はこう云って、慌ただしく横の方へ飛び退いた。「そんなはずはないじゃない・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 七兵衛はなおしおらしい目から笑を溢して、「やれやれ綺麗な姉さんが台なしになったぞ。あてこともねえ、どうじゃ、切ないかい、どこぞ痛みはせぬか、お肚は苦しゅうないか。」と自分の胸を頑固な握拳でこツこツと叩いて見せる。 ト可愛らしく・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ ああ、やれやれ、家へ帰ってもあの年紀で毎晩々々機織の透見をしたり、糸取場を覗いたり、のそりのそり這うようにして歩行いちゃ、五宿の宿場女郎の張店を両側ね、糸をかがりますように一軒々々格子戸の中へ鼻を突込んじゃあクンクン嗅いで歩行くのを御・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ やれやれ生命を拾いたりと、真蒼になりて遁帰れば、冷たくなれる納台にまだ二三人居残りたるが、老媼の姿を見るよりも、「探検し来りしよな、蝦蟇法師の住居は何処。」と右左より争い問われて、答うる声も震えながら、「何がなし一件じゃ、これなりこれ・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ やれやれそうであった、旧友として訪問したのも間違っていた。厄介に思われて腹を立てたも考えがなかった。予はこう思うて胸のとどこおりが一切解けて終った。同時に旧友なる彼が野心なき幸福を悦んだ。 欲を云えば際限がない。誰にも彼にも非常人・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 迷子だと思った小隊長が帰って来たので三人はやれやれだったが、しかし今後もあること故と、三人がその夜相談しているところへ、「あっしを留守番にどうです?」と、はいって来たのは左隣の鶴さんという男で、聴けば鶴さんは毎度のことながら細君のオト・・・ 織田作之助 「電報」
・・・やれ嬉しや、是でまず当分は水に困らぬ――死ぬ迄は困らぬのだ。やれやれ! 兎も角も、お蔭さまで助かりますと、片肘に身を持たせて吸筒の紐を解にかかったが、ふッと中心を失って今は恩人の死骸の胸へ伏倒りかかった。如何にも死人臭い匂がもう芬と鼻に・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「やれやれ、ご苦労だった。これでまあどうやら無事にすんだというわけだね。それでは今夜はひとつゆっくりと、おやじの香典で慰労会をさしてもらおうじゃないか」 連日の汗を旅館の温泉に流して、夕暮れの瀬川の音を座敷から聴いて、延びた頤髯をこ・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫