・・・往来の右手の小高いところに木造のコロニアル風の洋館があって、それが永いこと貸家になっている。その辺からもう町の大通りである桜並木が始っていた。天気の好い冬の日など霞んだように遠方まで左右から枝をさし交している並木の下に、赤い小旗などごちゃご・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・「ふん――何してるんだか――なに、この家だって、第一変てこれんな洋館まがいになんかしないで、小気の利いた日本間にしといて御覧、いくらバラックだって、この界隈のこったもの、女一人位のいい借り手がつくのさ。――仕様がありゃしない、半年も札下・・・ 宮本百合子 「街」
・・・允男を高等二年生にした二十年の歳月は、公荘と允子との生活をもいつしかかえ、彼等は郊外に木造の小じんまりした洋館を新築した。「家は出来るし、生活の不安はないし、允男の成績はいいし、一家は和平に満ちていた。」 然し、時代は、允子が允男に風邪・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・「少しこの辺を片附けて、お茶を入れて、馬関の羊羹のあったのを切って来い。おい。富田君の処の徳利は片附けてはいけない。」「いや。これを持って行かれては大変。」富田は鰕のようになった手で徳利を押えた。そして主人にこう云った。「一体御・・・ 森鴎外 「独身」
・・・して此の勇敢なる結果としての効果は、より主観的に対象を個性化せんと努力した芸術的創造として、新しき芸術活動を開始する者にとっては、絶えずその進化を捉縛される古きかの「必然」なる墓標的常識を突破した、喜ばしき奔騰者の祝賀である。より深・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ 事実彼にとって、眼前の魚は、煙で彼の妻の死を早めつつある無数の勇敢な敵であった。と同時に、彼女にとっては、魚は彼女の苦痛な時期をより縮めんとしている情ある医師でもあった。彼には、あの砲弾のような鮪の鈍重な羅列が、急に無意味な意味を含め・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫