・・・ 憲兵にとって、一枚の贋造紙幣が発見されたということは、なんにも自分の利害に関する問題ではなかった。発覚されない贋造紙幣ならば、百枚流通していようが、千枚流通していようが、それは、やかましく、詮議立てする必要のないことだった。しかし一度・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・でも、負けたって犬がやられるだけで、自分に怪我はない。利害関係のない者は、面白がって見物している。犬こそいい面の皮だ。 黒島伝治 「戦争について」
・・・社会関係の矛盾も、資本主義が発展した段階に於て遂行する戦争とプロレタリアートとの利害の相剋も、すべてが戦線に出された兵卒に反映し凝集する。それは加熱された水のようなものである。蒸気に転化する可能性を持っている。だから、兵卒に着目したことには・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・損得利害、明白なる場合に、何を渋らるるか、此の右膳には奇怪にまで存ぜらる。主家に対する忠義の心の、よもや薄い筈の木沢殿ではござるまいが。」と責むるが如くに云うと、左京の眼からも青い火が出たようだった。「若輩の分際として、過言にならぬ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・正当不正当の問題が、他の利害の問題のために蝕されて変って来そうに思われたのである。この現在の場合はどうでもいいとしたところで、逆に吾々が何か重大な問題にぶつかった場合に、それを、本質的にそれと同様な、しかし通例些細なと考えられる問題に「翻訳・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・二つの動物の利害の世界は互いに切り合わない二つの層を形成している。従って敵対もなければ友愛もない。 王蛇とガラガラ蛇との二つの世界は重なり合っている。そこで食うか食われるかの二つのうちの一つしか道がない。 この二つの蛇の決闘は指相撲・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・一身の利害に対して頭がよい人は戦士にはなりにくい。 頭のいい人には他人の仕事のあらが目につきやすい。その結果として自然に他人のする事が愚かに見え従って自分がだれよりも賢いというような錯覚に陥りやすい。そうなると自然の結果として自分の向上・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・それは単純な利害の問題ではなかった。私が父や兄に対する敬愛の思念が深ければ深いほど、自分の力をもって、少しでも彼らを輝かすことができれば私は何をおいても権利というよりは義務を感じずにはいられないはずであった。 しかしそのことはもう取り決・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・両者を知ったものが始めて両者の利害長短を比較するの権利を享ける。中学の課目は数においてきまっている。時間の多少は一様ではない。必要の度の高い英語のごときは比較的多くの時間を占領している。批評の条項についても諸人の合意でこれらの高下を定める事・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・――貧乏人をいじめるような――豆腐屋だって人間だ――いじめるって、何らの利害もないんだぜ、ただ道楽なんだから驚ろく」「いつそんな目に逢ったんだい」「いつでもいいさ。桀紂と云えば古来から悪人として通り者だが、二十世紀はこの桀紂で充満し・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫