・・・ 一たん階下に降りて帝政時代の政治犯人が、檻禁されていた牢屋の模型を見物する。 模型といっても、本物の牢屋の鉄格子、腰かけ、みんなもとの牢屋からとって来たものだ。ほんの一坪位の厚い壁の間に、ボンヤリ、ローソクの光に照らされながら髪の・・・ 宮本百合子 「ロシアの過去を物語る革命博物館を観る」
・・・またその横の卵屋では、無数の卵の泡の中で兀げた老爺が頭に手拭を乗せて坐っていた。その横は瀬戸物屋だ。冷胆な医院のような白さの中でこれは又若々しい主婦が生き生きと皿の柱を蹴飛ばしそうだ。 その横は花屋である。花屋の娘は花よりも穢れていた。・・・ 横光利一 「街の底」
・・・こんな空想にふけりながら、ぼんやり乳飲み児を見おろしている母親の姿をながめ、甘えるらしく自分により掛かってくる女の子を何か小声で言いなだめているらしい、老婆の姿をながめ、見るともなく正面を見つめている老爺の悲しむ力をさえ失ったような顔をなが・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫