・・・君がいわゆる実家の話柄とて、喋舌る杢若の目が光る。と、黒痘痕の眼も輝き、天狗、般若、白狐の、六箇の眼玉も赫となる。「まだ足りないで、燈を――燈を、と細い声して言うと、土からも湧けば、大木の幹にも伝わる、土蜘蛛だ、朽木だ、山蛭だ、俺が実家・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・私が緑雨と次第に疎遠になったのは緑雨の話柄が段々低級になって嫌気がさしたからであるが、一つは皮肉の冴を失った愚痴を聞くのが気の毒で堪らなかったからだ。 緑雨は逍遥や鴎外と結んで新らしい流れに棹さしていた。が、根が昔の戯作者系統であったか・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 和平を求むる者は福なり、其故如何となれば其人は神の子と称えらるべければ也、「神の子と称へらるる」とは神の子たる特権に与かる事である、「其の名を信ぜし者には権を賜いて之を神の子と為せり」とある其事である(約翰、単に神の子たるの名称を賜わ・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・けれども、「和平建国」というロマンチシズムには、やっぱり胸が躍ります。日本には、戦争を主として描写する作家も居りますけれど、また、戦争は、さっぱり書けず、平和の人の姿だけを書きつづけている作家もあります。きのう永井荷風という日本の老大家の小・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・小説を読んで、襟を正しただの、頭を下げただのと云っている人は、それが冗談ならばまた面白い話柄でもありましょうが、事実そのような振舞いを致したならば、それは狂人の仕草と申さなければなりますまい。たとえば家庭に於いても女房が小説を読み、亭主が仕・・・ 太宰治 「小説の面白さ」
・・・一、白蘭の和平調停を、英仏婉曲に拒否す。 そもそもベルギイ皇帝レオポオル三世は、そのあとは、けさの新聞を読んで下さい。二、廃船は意外わが贈物、浮ぶ『西太后の船。』 そもそも北京郊外万寿山々麓の昆明湖、その湖の西北隅、意外や竜・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・程が谷近くなれば近き頃の横浜の大火乗客の話柄を賑わす。これより急行となりたれば神奈川鶴見などは止らず。夕陽海に沈んで煙波杳たる品川の湾に七砲台朧なり。何の祝宴か磯辺の水楼に紅燈山形につるして絃歌湧き、沖に上ぐる花火夕闇の空に声なし。洲崎の灯・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ これらの報道は多くの人々の好奇心を満足させ、いわゆるゴシップと名づけらるる階級の空談の話柄を供給する事は明らかであるが、そういう便宜や享楽と、この種の記事が一般読者の心に与える悪い影響とを天秤にかけてみた時に、どちらが重いか軽いかとい・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・ 根津権現の社頭には慶応四年より明治二十一年まで凡二十一年間遊女屋の在ったことは今猶都人の話柄に上る所である。小西湖佳話に曰く「湖北ノ地、忍ヶ岡ト向ヶ岡トハ東西相対ス。其間一帯ノ平坦ヲ成ス。中ニ花柳ノ一郭アリ。根津ト曰フ。地ハ神祠ニ因ツ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・二六新報の計画した娼妓自由廃業の運動はこの時既に世人の話柄となっていたが、遊里の風俗はなお依然として変る所のなかった事は、『註文帳』の中に現れ来る人物や事件によっても窺い知ることが出来る。『註文帳』は廓外の寮に住んでいる娼家の娘が剃刀の・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫