・・・いまその一弾指のもとに、子供等は、ひっそりとして、エンジンの音立処に高く響くあるのみ。その静さは小県ただ一人の時よりも寂然とした。 なぜか息苦しい。 赤い客は咳一つしないのである。 小県は窓を開放って、立続けて巻莨を吹かした。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・柔毛の密生している、節を持った、その部分は、まるでエンジンのある部分のような正確さで動いていた。――その時の恰好が思い出せた。腹から尻尾へかけてのブリッとした膨らみ。隅ずみまで力ではち切ったような伸び縮み。――そしてふと蝉一匹の生物が無上に・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・海に出たのである。エンジンの音が、ここぞと強く馬力をかけた。本気になったのである。速力は、十五節。寒い。私は新潟の港を見捨て、船室へはいった。二等船室の薄暗い奥隅に、ボオイから借りた白い毛布にくるまって寝てしまった。船酔いせぬように神に念じ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・そうして再びエンジンの爆音を立てて威勢よく軽井沢のほうへ走り去ったのであった。 九月初旬三度目に行ったときには宿の池にやっと二三羽の鶺鴒が見られた。去年のような大群はもう来ないらしい。ことしはあひるのコロニーが優勢になって鶺鴒の領域・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・で突進する機関車のエンジンの運動と汽笛の音と伴奏音楽との合成的律動や、「自由をわれらに」における工場の鎚の音、「人生案内」の線路工事の鉄挺の音の使用などのようなのがそれである。これらの雑音だけで、音楽を抜きにしてもおそらくある程度までは同様・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・侯爵家の家従がパッとマグネシウムをたいてポンと写真を取ると、すぐに機関車がスクリーンにとび出してエンジンの音楽の始まるところの呼吸などはちょっと理屈なしにおもしろい。本来ならば実に退屈で到底見ていられそうもない筋と材料を使って、そうしてちっ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・手でも足でも思い切り自由に伸ばしたり縮めたりしてはね回っているけれども、その運動の均衡が実に安定であって、非常によくバランスのとれた何かの複雑なエンジンの運転を見ているような不思議な快感がある。 二人の呼吸が実によく合っている。そこから・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・というとたんに、ぱっと二人の乗って行った船の機関室が映写されて、今まで回っていたエンジンのクランクがぴたりと止まる。これらはまねやすい小技巧ではあるがやはりちょっとおもしろい。 バスチアンとイドウとが氷塊を小汽艇へ積み込んでいるところへ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・太平の夢はこれらのエンジンの騒音に攪乱されてしまったのである。 交通規則や国際間の盟約が履行されている間はまだまだ安心であろうが、そういうものが頼みにならない日がいつなんどき来るかもしれない。その日が来るとこれらの機械的鳥獣の自由な活動・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・太平の夢はこれらのエンジンの騒音に攪乱されてしまったのである。 交通規則や国際間の盟約が履行されている間はまだまだ安心であろうが、そういうものが頼みにならない日がいつ何時来るかもしれない。その日が来るとこれらの機械的鳥獣の自由な活動が始・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
出典:青空文庫