・・・――「ハリケンハッチのオートバイ」「ハリケンハッチのオートバイ」 先ほどの女の子らしい声が峻の足の下で次つぎに高く響いた。丸の内の街道を通ってゆくらしい自動自転車の爆音がきこえていた。 この町のある医者がそれに乗って帰って来・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・医学士はオートバイで毎日やってきた。その往診料は一回五円だった。 やっと危機は持ちこたえて通り越した。しかし、清三は久しく粥と卵ばかりを食っていなければならなかった。家の鶏が産む卵だけでは足りなくって、おしかは近所へ買いに行った。端界に・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ 手近な些末な例をあげると、銀座の裏河岸のある町の片側に昔ふうの荷車が十台ほどもずらりと並べておいてある、その反対側にはオートバイがこれも五、六台ほど並んで置かれてあった。その平凡な光景がカメラの目からは非常におもしろく見えるのであった・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・二十五日の夜、徹宵この敷石道の上をオートバイが疾走し篝火がたかれ、正面階段の柱の間には装弾した機関銃が赤きコサック兵に守られて砲口を拱門へ向けていた。軍事革命委員会の本部だったのである。 今スモーリヌイには、レーニングラード・ソヴェト中・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 往来所見 ○毛糸の頭巾をかぶった男の子二人、活動の真似をして棒ちぎれを振廻す ○オートバイ 「このハンドルの渋いの気に入らん」 とめたまま爆発の工合を見て居る。 女の言葉の特長・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ある場面では日本の壇の浦の遠見の敦盛みたいに、オートバイが舞台の前から出て、遠くまで行ってむこうの高い橋を小さくなって走ってくるところを見せる。そこは操り人形になって来る。技術の上で非常に進歩的に、真面目に芸術的な効果の強い演出をやっている・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・ 或日の午後、オートバイでK男が来て、今晩、是非二人で来いと、伝言を齎した。 勿論、前の続きであるとは推察される。母はきっと、二人を並べて、もう一度、みっしり自分の考を明にされたいのだろう。物事を、或時、ぼんやりさせて置けない彼女の・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・低い鉄柵のかなたの街路を、黄色い乗合自動車、赤いキャップをかぶった自転車小僧、オートバイ、ひっきりなく駆け過るのが木間越しに見えた。電車の響もごうごうする。公園のペリカンは瘠せて頸の廻りの羽毛が赤むけになっていた。 ベンチのぐるりと並ん・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫