・・・私は匂いの逃げるのを恐れて、カーテンを閉めた。しかし、その隙間から、肌寒い風が忍び込んで来た。そして私のさびしい心の中をしずかに吹き渡った。それが私を悲しませた。 一週間すると、金木犀の匂いが消えた。黄色い花びらが床の間にぽつりぽつりと・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・ 窓に西日が当っているのに気がついたので、道子は立ってカーテンを引いた。そしてふと振りむくと、喜美子は「ああ。」とかすかに言って、そのまま息絶えていた。 姉の葬式を済ませて、三日目の朝のことだった。この四五日手にとってみることもなく・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・窓といっても窓硝子を全部とってしまったところでたいしたこともないちっぽけなものだし、それに部屋のなかを覗かれることを極度におそれている佐伯は夏でもそれをあけようとせず、ほんの気休めに二三寸あけてそこへカーテンを引いて置き、その隙間から洩れる・・・ 織田作之助 「道」
・・・さすがの父親もたまりかねたのか、簾をおろし、カーテンを閉めて西日を防いだのは良かったが、序でに窓まで閉めてしまったので、部屋の中はまるで火室のような暑さだった。が、父親の言うのには、「太鼓の音が喧しゅうていかん」 窓をあけて置けば、・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・刺繍を施したカーテンがつるしてあった。でも、そこからは、動物の棲家のように、異様な毛皮と、獣油の臭いが発散して来た。 それが、日本の兵卒達に、如何にも、毛唐の臭いだと思わせた。 子供達は、そこから、琺瑯引きの洗面器を抱えて毎日やって・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 支那人の呉清輝は、部屋の入口の天鵞絨のカーテンのかげから罪を犯した常習犯のように下卑た顔を深沢にむけてのぞかした。深沢は、二人の支那人の肩のあいだにぶらさがって顔をしかめている田川を睨めつけた。「何、貴様が、ボンヤリしているんだ!・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・護送自動車が刑務所の構内を出てから、編笠を脱ぎ、窓のカーテンを開けてもらった。――年の暮れが近く、街は騒々しく色々な飾をしていた。処々では、楽隊がブカ/\鳴っていた。 N町から中野へ出ると、あののろい西武電車が何時のまにか複線になって、・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・見ると窓にはみんなカーテンが引いてありまして、しかもそれがことごとく白い色でした。ただ一つの屋根窓だけが開いていて、二つの棕櫚の葉の間から白い手が見えて、小さなハンケチを別れをおしんでふるかのようにふっていました。 おかあさんはまた入り・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 部屋の壁には、無尽会社の宣伝ポスター、たった一枚、他にはどこを見ても装飾らしいものがない。カーテンさえ無い。これが、二十五、六の娘の部屋か。小さい電球が一つ暗くともって、ただ荒涼。怪力 「あそびに来たのだけどね、」と田・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・そうでなくても、子供が障子を破り、カーテンを引きちぎり、壁に落書などして、私はいつも冷や冷やしているのだ。ここは何としても、この親友の御機嫌を損じないように努めなければならぬ。あの三氏の伝説は、あれは修身教科書などで、「忍耐」だの、「大勇と・・・ 太宰治 「親友交歓」
出典:青空文庫