・・・が、その中に青磁色のガウンをひっかけた女が一人、誰よりも興奮してしゃべっていた。彼女は体こそ痩せていたものの、誰よりも美しい顔をしていた。僕は彼女の顔を見た時、砧手のギヤマンを思い出した。実際また彼女は美しいと云っても、どこか病的だったのに・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・学者のガウンをはげ。大本教主の頭髪剃り落した姿よりも、さらに一層、みるみる矮小化せむこと必せり、 学問の過尊をやめよ。試験を全廃せよ。あそべ。寝ころべ。われら巨万の富貴をのぞまず。立て札なき、たった十坪の青草原を! 性愛を恥・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・高等学校の教授が黒いガウンを着出したのはその頃からの事であるが、先生も当時は例の鼠色のフラネルの上へ繻子か何かのガウンを法衣のように羽織ていられた。ガウンの袖口には黄色い平打の紐が、ぐるりと縫い廻してあった。これは装飾のためとも見られるし、・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ 白髯赭顔のデビス長老が、質素な黒のガウンを着て、祭壇に立ったのです。そして何か云おうとしたようでしたが、あんまり嬉しかったと見えて、もうなんにも云えず、ただおろおろと泣いてしまいました。信者たちはまるで熱狂して、歓呼拍手しました。デビ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 畜産の教師がいつの間にか、ふだんとちがった茶いろなガウンのようなものを着て入口の戸に立っていた。 助手がまじめに入って来る。「いかがですか。天気も大変いいようです。今日少しご散歩なすっては。」又一つ鞭をピチッとあてた。豚は全く・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ 幕のうしろからさっきのテジマアが黄色なゆるいガウンのようなものを着ていかにも落ち着いて出て参りました。「さわがしいな。どうしたんだ。はてな。このお方はどうして舞台へおあがりになったのかな。」 ネネムはその顔をじっと見ました。そ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・揃ってお仕着せの薄灰色のガウンをかき合わせ、それだけは病わぬ舌によって空気を震わす盛な声が廊下に充満する。 Yは「ここの廊下、一寸養老院の感じだよ」と囁いた。 Y、牛乳の空びんやキセリの鍋を白いサルフェートチカにつつんで八時頃か・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・ケムブリッジのガウンを着、帽をいただき、当時の流行で、ひどく先の尖った髭をつけて居る。母はこういう髭を眺めるとき「マア、お父様ったら、こんな髭して!」と云ったものであった。父はその髭をもって帰朝し、九つばかりであった百合子は激しいよろこびと・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
出典:青空文庫