・・・ 茶の間へ上って、電気焜炉のスイッチを入れると、横堀は思わずにじり寄って、垢だらけの手をぶるぶるさせながら焜炉にしがみついた。「待てよ、今お茶を淹れてやるから」 家人は奥の間で寝ていた。横堀は蝨をわかせていそうだし、起せば家人が・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 小沢は立って行って、壁についているスイッチを押した。 廊下の灯りも消えているので、外から射し込んで来る光線もなく、途端に真暗闇になった。 手さぐりでもとの椅子に戻ると、小沢は濡れた服を寝巻に着更えると、眼を閉じた……。 外・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 私は立上って、電燈のスイッチをひねった。つかない。「停電ですの。」 とキクちゃんが小声で言った。 私は手さぐりで、そろそろ窓のほうに行き、キクちゃんのからだに躓いた。キクちゃんは、じっとしていた。「こりゃ、いけねえ。」・・・ 太宰治 「朝」
・・・ 嘉七は、ひとりさっさと二階にあがって、まえのとしの夏に暮した部屋にはいり、電燈のスイッチをひねった。かず枝の声が聞えて来る。「それがねえ、おばさんのとこに行こうって、きかないのよ。芸術家って、子供ね。」自身の嘘に気がついていないみ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・このシャンデリヤ、おそらく御当家の女中さんが、廊下で、スイッチをひねった結果、さっと光の洪水、私の失言も何も一切合切ひっくるめて押し流し、まるで異った国の樹陰でぽかっと眼をさましたような思いで居られるこの機を逃さず、素知らぬ顔をして話題をか・・・ 太宰治 「喝采」
・・・というお言葉を聞いて、私は、スイッチを切りました。一体、何になったお積りなのでしょう。恥じて下さい。「こんにち在るは」なんて恐しい無智な言葉は、二度と、ふたたび、おっしゃらないで下さい。ああ、あなたは早く躓いたら、いいのだ。私は、あの夜、早・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・数枝は寝巻き姿で立っていて、片手で、たったいま電燈のスイッチをひねったという形。片手を挙げてスイッチをつかんだまま、一点を凝視している。その一点とは、下手の雨戸である。雨戸が静かにあく。雪が吹き込む。つづいて二重廻しを着た男が、うしろむきに・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・と言って立ち上り、電燈のスイッチをひねって、「このごろ細田は禁酒いたしましたもので、配給のお酒もよそへ廻してしまいまして、何もございませんで、失礼ですけど、こんなものでも、いかがでございますか。」 と落ちついて言って私に蜜柑などをすすめ・・・ 太宰治 「女神」
・・・ このような事のある一方で、私の宅の客間の電燈をつけたり消したりするために壁に取りつけてあるスイッチが破損して、明かりがつかなくなってしまった。電燈会社の出張所へ掛け合ってみたが、会社専用のスイッチでなくて、式のちがったのだから、こちら・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・浴室の戸を締め切ってスイッチを切ったあとの闇の中に夜明けまでの長い時間をどうしているのかわからないが、ガラス窓が白むころが来ると浴室の戸をバサバサ鳴らし、例の小鳥のような鳴き声を出して早く出してもらいたいと訴えるのが聞こえた。行って出してや・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫