・・・彼らは、住んでいたテントをたたんで、いっさいの道具といっしょに車へ積み、そして、芸当に使っていた馬に引かせてゆくのでした。その簡単な有り様は、太古の移住民族のごとく、また風に漂う浮き草にも似て、今日は、東へ、明日は、南へと、いうふうでありま・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・ 焼け出されたまま落ちつく先のない人々は、日比谷公園や宮城まえなぞに立てならべられた、宮内省の救護用テントの中にはいったり、焼けのこりの板切れなぞをひろいあつめて道ばたにかり小屋をつくり、その中にこごまっていたりして、たき出しをもらって・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・宿を出ると、すぐ目の前に見世物小屋。テントは烈風にはためき、木戸番は声をからして客を呼んでいる。ふと絵看板を見ると、大きな沼で老若男女が網を曳いているところがかかれていて、ちょっと好奇心のそそられる絵であった。私は立ちどまった。「伯耆国・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・チャリネはこの牧場に鼠色したテントの小屋をかけた。牛と豚とは、飼主の納屋に移転したのである。 夜、村のひとたちは頬被りして二人三人ずつかたまってテントのなかにはいっていった。六、七十人のお客であった。少年は大人たちを殴りつけては押しのけ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・悪童たちは待ち切れず、その小屋掛けの最中に押しかけて行ってテントの割れ目から小屋の内部を覗いて騒ぐ。私も、はにかみながら悪童たちの後について行って、おっかなびっくりテントの中を覗くのだ。努力して、そんな下品な態度を真似るのである。こら! と・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・世界は自分らのためにのみできているとばかり思っているわれわれ愚かな人間は茫然としてテントの小窓からこの恐ろしい生命のあらしをながめてため息をつくであろう。 湖畔のフラミンゴーの大群もおもしろい見物である。一面におり立った群れの中に一か所・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・柱や手すりを白樺の丸太で作り、天井の周縁の軒ばからは、海水浴場のテントなどにあるようなびらびらした波形の布切れをたれただけで、車上の客席は高原の野天の涼風が自由に吹き抜けられるようにできている。天井裏にはシナふうのちょうちんがいくつもつるし・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ 頂上にはD研究所のT理学士が天文の観測をするためにもう十数日来テントを張って滞在している。バンベルヒの天頂儀をすえ付けて天頂近く子午線を通過する星を観測してこの地点の緯度をできるだけ精密に測定しておく、そうして他日また同じ観測を繰り返・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・いつか英国人の宣教師の細君が旧城跡の公園でテントを張って幾日も写生していた事があった。どんなものができているかのぞいてみたくてこわごわ近づくと、十二三ぐらいの金髪の子供がやって来て「アマリ、ソバクルト犬クイツキマース」などと言った。実際そば・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ 神社の大きな樹の下に角テントが一つ張ってある。その屋根には静岡何某小学校と大きく書いてある。その下に小さな子供が二、三十人も集まって大人しく坐っている。その前に据えた机の上にのせたポータブルの蓄音機から何かは知らないが童謡らしいメロデ・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
出典:青空文庫