・・・ 女は袂の端を掴み、新派の女優めいた恰好で、ハンカチを振った。似合いの夫婦に見えた。 織田作之助 「秋深き」
・・・の亭主がまかり間違っても白いダブルの背広に赤いネクタイ、胸に青いハンカチ、そしてリーゼント型に髪をわけたような男でないことをしきりに祈りながら、赤い煉瓦づくりの自安寺の裏門を出ると、何とそこは「いろは牛肉店」の横丁であった。「市丸」という小・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 顔のちっとも写らない壊れた小さい鏡の置いてある窓際に坐ると、それでも首にハンカチをまいて、白いエプロンをかけてくれる。この「赤い」床屋さんは瘤の多いグル/\頭の、太い眉をした元船員の男だった。三年食っていると云った。出たくないかときく・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・それに博士は、ひどい汗かきなのに、今夜は、ハンカチを忘れて出て来たので、いっそう惨めなことになりました。はじめは掌で、お顔の汗を拭い払って居りましたが、とてもそんなことで間に合うような汗ではございませぬ。それこそ、まるで滝のよう、額から流れ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・私はすぐ立って背広に着換え、私の方から、その若い記者をせき立てるようにして家を出ました。 冬の寒い朝でした。私はハンカチで水洟を押えながら、無言で歩いて、さすがに浮かぬ心地でした。 三鷹駅から省線で東京駅迄行き、それから市電に乗換え・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・草原に派手な色の着物を着た女が五六人車座にすわっていて、汽車のほうへハンカチをふったりした。やがて遠くにアルプス続きの連山の雪をいただいているのも見えだした。とある踏切の所では煉瓦を積んだ荷馬車が木戸のあくのを待っていた。車の上の男は赤ら顔・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・小学校の一年ぐらいから夏休みになると、海老茶の袴をはいて、その頃は一つ駅でも五分も十分も停る三等列車にのって、窓枠でハンカチに包んだ氷をかいてはしゃぶりながら、その田舎へ出かけて行った。 毎年毎年、その東北の村で見ていた印象がたたまって・・・ 宮本百合子 「「処女作」より前の処女作」
・・・節くれだった小指に、鍍金の物々しい金指環をはめて居たり、河ぱの様にした頭に油を一杯つけて、紫の絹のハンカチでいやらしく喉を巻いたりして居る様子は、ついしかめっ面をするほどいやだ。何故こんな様子がしたいんだろう。純粋の百姓の様子で何故いられな・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫