・・・ 世帯じみた話だった。パトロンは無さそうだし、困っても自分を売ろうとしないし、浮気で淫蕩的だったマダムも案外清く暮しているのかと、私はつぎの当ったマダムの足袋をふと見ていた。 新しい銚子が来たのをしおに、「ところで」と私は天辰の・・・ 織田作之助 「世相」
・・・一日二円たらずの収入で、毎日三円の仁丹では、暮らして行けぬのか、到頭パトロンを作った。ある日、私に葉巻をくれた。そのパトロンに貰ったのだろう。ロンドという一本十銭の葉巻だった。吸ってみると、白粉の匂いがした。化粧品と一緒にハンドバッグに入っ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・げんにあの秋ちゃんなど、大谷さんと知合ったばかりに、いいパトロンには逃げられるし、お金も着物も無くしてしまうし、いまはもう長屋の汚い一部屋で乞食みたいな暮しをしているそうだが、じっさい、あの秋ちゃんは、大谷さんと知合った頃には、あさましいく・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・私の研究を助けてもらうために、ひとりのパトロンを見つけたというのは、これはどうしていけないことなのか。私には父も無い、母も無い。けれども、血筋は貴族の血だ。いまに叔母が死ねば遺産も貰える。私には私の誇があるのだ。私はあの人を愛していない。愛・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そうしてむしろかえってさんざん道楽をし尽くしたような中年以上のパトロンと辛酸をなめ尽くして来た芸妓との間の淡くして深い情交などにしばしば最も代表的なノルマールな形で実現されたもののようである。 江戸の言葉で粋と言ったのは現代語をもってし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・かくして幼稚なるアマチュアはパトロンを得たのである。その後自分の書いたものについて、夏目先生から「今度のは虚子がほめていたよ」というような事を云われて、ひどく得意になったりしたこともあった。書かなくてもよいことを書いては恥を曝す癖のついたの・・・ 寺田寅彦 「高浜さんと私」
・・・深水はからだをのりだすようにして、「そりゃええ、パトロンが出来たなら、鬼に金棒さ、うん――」 ゆあがりの胸をひろげて、うちわを大げさにうごかしている。頭髪にチックをつけている深水は、新婚の女房も意識にいれてるふうで、「――わしも・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫