・・・ いちど僕は、ピアニストの川上六郎氏を、若松屋のその二階に案内した事があった。僕が下の御不浄に降りて行ったら、トシちゃんが、お銚子を持って階段の上り口に立っていて、「あのかた、どなた?」「うるさいなあ。誰だっていいじゃないか。」・・・ 太宰治 「眉山」
・・・風月ではドイツ人のピアニストS氏とセリストW氏との不可分な一対がよく同じ時刻に来合わせていた。二人もやはりここの一杯のコーヒーの中にベルリンないしライプチヒの夢を味わっているらしく思われた。そのころの給仕人は和服に角帯姿であったが、震災後向・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・セリストもピアニストも目ざすところは音楽であるように、われわれ物理学者も専門のいかんによらず目ざすところは物理であろう。 四「京師に応挙という画人あり。生まれは丹波の笹山の者なり。京にいでて一風の画を描出す。唐画にもあら・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・末娘のエリザベート・マンがピアニストで、イタリーの反ファシスト評論家ボルゲーゼと結婚しているそうである。 内山氏の紹介によると、エリカ・マンは一九〇五年生れで、日本流にかぞえれば四十四歳になっている。幼年時代を、たのしく愛と芸術的な空気・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ ここで、我々の前に、パリに住んでいる声楽家でありピアニストであり、作家ルイ・ヴィアルドオの妻であるヴィアルドオ夫人の存在が浮び上って来る。ツルゲーネフは彼より三つ年若いヴィアルドオ夫人が、ペテルブルグへ演奏旅行に来たとき知り合いと・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・才能の可能性を認めて、妻であり母であると共に、人間として他の能力も発揮させたいと思っている夫の愛が、妻諸共、かまどに追われる悲劇は許されない。ピアニスト井上園子や草間加寿子が何故金持の息子と結婚しなければならなかったかということを考えれば、・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ ごく最近、私の一人の従弟は、遺伝性の脳梅毒で発狂したピアニストの卵に危く殺されかかった実例がある。私の五つで死んだ妹は、やはり脳に異状が起っているのを心づかず治療をまかせた医師の手落ちで死亡した。 私は、変質者、中毒患者、悪疾な病・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・ 文学の面ばかりにこういう復古的傾向が見られるのではなくて、音楽の方でも、例えばこの間ピアニストのケムプが来た時、最後の演奏会の日に即興曲を弾いて貰うこととなり、聴衆からテーマを求めた。そのとき出された日本音楽からのという条件つきのテー・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
出典:青空文庫