・・・フランスのようにオルソドックス自体が既に近代小説として確立されておればつまり、地盤が出来ておれば、アンチテエゼの作品が堂々たるフォームを持つことができるのだが、日本のように、伝統そのものが美術工芸的作品に与えられているから、そのアンチテエゼ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ アメリカへ船が着く前に二等船客は囚徒のように一人一人呼び出されて先ず瞼を引っくら返されてトラフォームの検査を受けた。そうして金を千ドル以上持っているかを聞かれた。そうして上陸早々ホボケンの税関でこのチューインガムの税関吏のためにカバン・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・彼は、眠った風をして、プラットフォームに眼を配った。プラットフォームは、彼を再び絶望に近い恐愕に投げ込んだ。 白い制服、又は私服の警官が四五十人もそこに網を張っていた。 汽車はピタッと止った。 だるい、ものうい、眠い、真夜中のう・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・待っている人々と彼等との違いは、ただ彼等はちっともそれについて心配していないことと、呑気に立って喋舌っていて、相当頻繁にこそこそと入場券購入許可証とゴム印を捺した紙片をもって来る人を、出口から乗車フォームへ通してやっていることだけである。・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
出典:青空文庫