・・・ ある日おかよは、お嬢さまのおへやへ入ると、ストーブの火が燃えて、フリージアの花が香り、そのうちは、さながら春のようでした。そして、蓄音機は、静かに、鳴りひびいていました。しばらく、うっとりとして、彼女はお嬢さまのそばで、その音にききと・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・「そうだ、フリージアだ。フリージアに相違ない。」 彼の意識の水平線のすぐ下に浮いたり沈んだりしていたこの花の名が急にはっきり浮き上がって来た。それと同時に彼は始めに小包をひらいてこの球根を見た瞬間から、すでにもう「フリージア」という名が・・・ 寺田寅彦 「球根」
今、奈良から帰ったばかりなので、印象の新らしい故か、第一番に此処が頭に浮びました。朴の木の花。鉄砲百合。フリージア。真白いものか、暗いほど濃い紅の花などがすきです。段々に変って行く最中なので、はっきりは申されません。・・・ 宮本百合子 「花、土地、人」
出典:青空文庫