・・・子供たちは校長先生の白く長く垂れている髯と、うすいあばたの顔を思い出すと黒いフロックコートしか思い浮ばなかった。校長先生はそれほど特別の偉さであった。式は、女の児の三年から六年までの教室をぶっこぬきにしたところで行われた。わたしたちは、そう・・・ 宮本百合子 「藤棚」
・・・そこには詰襟のフロックコートへ銀モールをつけたような制服の守衛とくすんだ色の上被りをつけた四十前後の女のひとが二三人いて、婦人傍聴人は一人一人その女のひとがまたすっかり帯の下へまで手を入れて調べるのであった。財布もここでは出した。外からさわ・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・時には磨かれたシルクハットが、時には鳥のようなフロックが。しかし、彼は何事も考えはしなかった。 彼は南方の狭い谷底のような街を見下ろした。そこでは吐き出された炭酸瓦斯が気圧を造り、塵埃を吹き込む東風とチブスと工廠の煙ばかりが自由であった・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫