・・・海の中に落ちた水兵は一生懸命に片手を挙げ、何かおお声に叫んでいた。ブイは水兵たちの罵る声と一しょに海の上へ飛んで行った。しかし勿論××は敵の艦隊を前にした以上、ボオトをおろす訣には行かなかった。水兵はブイにとりついたものの、見る見る遠ざかる・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・オランダ人で伝法肌といったような男がシェンケから大きな釣り針を借りて来てこれに肉片をさし、親指ほどの麻繩のさきに結びつけ、浮標にはライフブイを縛りつけて舷側から投げ込んだ。鱶はつい近くまで来てもいっこう気がつかないようなふうでゆうゆうと泳い・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・誰が投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑ってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板の格子になったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみん・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫