・・・それからこれは、家へ駈け込んでゆく人で、女が一人ころんで、こっちのがレモン売りで……」「や、大変ありがとう」主人は紙へ髪をすりつけるようにして大笑いをはじめたが、細君は夫を嗾し立てた。「マア、なぐりつけてやんなさいよ!」 図をも・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・車道を辷るシトロエンが夢のようなレモン色だ。女の赤い帽子、総ての色調を締める黒の男性散策者。 人は心を何ものかにうばわれたように歩く。……歩く。葉巻の煙、エルムの若葉の香、多くの窓々が五月の夕暮に向って開かれている。 やがて河から靄・・・ 宮本百合子 「わが五月」
・・・学生は料理屋へ大晦日の晩から行っていまして、ボオレと云って、シャンパンに葡萄酒に砂糖に炭酸水と云うように、いろいろ交ぜて温めて、レモンを輪切にして入れた酒を拵えて夜なかになるのを待っています。そして十二時の時計が鳴り始めると同時に、さあ新年・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫