・・・それを一段落として、身分相応に結婚して、ボヘミアにある広い田畑を受け取ることになっている。結婚の相手の令嬢も、疾っくに内定してある。令嬢フィニイはキルヒネツグ領のキルヒネツゲル伯爵夫人になるのが本望である。この社会では結婚前は勿論、結婚して・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・見込みのない事がわかって来たから、ここらでまず一段落ついた事にしてしばらく放置してみる事にした。バックに緑色の布のかかった箪笥があって、その上に書物や新聞の雑然と置いてあるのがいかにもうるさくて絵全体を俗悪にしてしまうから、あとからすっかり・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・今電車の窓から日曜の街の人通りをのどかに見下ろしている刻下の心持はただ自分が一通りの義務を果してしまった、この間中からの仕事が一段落をつげたと云うだけの単純な満足が心の底に動いているので、過去の憂苦も行末の心配も吉野紙を距てた絵ぐらいに思わ・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・こうして私の庭での簔虫と蜘蛛の歴史は一段落に達したわけである。 しかしこれだけではこの歴史はすみそうに思われない。私は少なからざる興味と期待をもってことしの夏を待ち受けている。 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・ ただ規則正しく勉強する者の中には、毎日その日のノートを繰り返して、授けられた点だけを暗記しようとする者もあるようだが、自分はそういう方法を取らずに、なるべく講義にしてもだいたいの一段落を告げた時、前から筆記しておいたぶんと連絡して、一・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・明治の初年に狂気のごとく駈足で来た日本も、いつの間にか足もとを見て歩くようになり、内観するようになり、回顧もするようになり、内治のきまりも一先ずついて、二度の戦争に領土は広がる、新日本の統一ここに一段落を劃した観がある。維新前後志士の苦心も・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ようよう四、五日かかって、一段落がついた時、自分はまた汽車に揺られながら、まだ見ないHの町や、その町の中にある重吉の下宿している旅館などを、頭の奥に漂う画のようにながめた。もとよりものずきのさせるわざだから、煙草の煙に似て、取り留めることの・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・いわゆる混戦時代が始まって、彼我相通じ、しかも彼我相守り、自己の特色を失わざると共に、同圏異圏の臭味を帯びざるようになった暁が、わが文壇の歴史に一段落を告げる時ではなかろうかと思います。・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
よく晴れて前の谷川もいつもとまるでちがって楽しくごろごろ鳴った。盆の十六日なので鉱山も休んで給料は呉れ畑の仕事も一段落ついて今日こそ一日そこらの木やとうもろこしを吹く風も家のなかの煙に射す青い光の棒もみんな二人のものだった・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・ 話の一段落がつくと、安息所へ逃げ込む様に栄蔵はお君の傍に行った。 若い二人は何か、笑いながら話して居た。 苦労も何もない様にして居る二人を傍に長くなって見て居るうちに、これほど大きなものの父であると云う喜びが、腹の底から湧いた・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫