・・・体量も二十一貫ずッしりとした太腹で、女長兵衛と称えられた。――末娘で可愛いお桂ちゃんに、小遣の出振りが面白い……小買ものや、芝居へ出かけに、お母さんが店頭に、多人数立働く小僧中僧若衆たちに、気は配っても見ないふりで、くくり頤の福々しいのに、・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・飾や設備やは各分に応じて作れば却て面白いのであろう、それは四畳半の真似などをしてはいかぬ、只何時他人を迎えても礼儀と趣味とを保ち得るだけでよい、此の如き風習一度立たば、些末の形式などは自然に出来てくる一貫せる理想に依て家庭を整へ家庭を楽むは・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・語らぬ恋の力が老死に至るまで一貫しているのは言わずもあれ、かれを師とするもののうちには、師の発展のはかばかしくないのをまどろッこしく思って、その対抗者の方へ裏切りしたものもあれば、また、師の人物が大き過ぎて、悪魔か聖者か分らないため、迷いに・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そして其れ等の何れの芸術に於ても此を一貫するものは誠実であると思う。此の色彩的な、音楽的な世界に立って楽しむという心、そこにも我等の胸に沁み入る誠実と淋しき喜悦とがある。又或るものは洗礼を受くべき暗黒轟々として刻々に破壊に対して居るという事・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・伏見の駕籠かきは褌一筋で銭一貫質屋から借りられるくらい土地では勢力のある雲助だった。 しかし、女中に用事一つ言いつけるにも、まずかんにんどっせと謝るように言ってからという登勢の腰の低さには、どんなあらくれも暖簾に腕押しであった。もっとも・・・ 織田作之助 「螢」
・・・「イヤお恥しいことだが僕は御存知の女気のない通り詩人気は全くなかった、『権利義務』で一貫して了った、どうだろう僕は余程俗骨が発達してるとみえる!」と綿貫は頭を撫てみた。「イヤ僕こそ甚だお恥しい話だがこれで矢張り作たものだ、そして何か・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・今や落日、大洋、清風、蒼天、人心を一貫して流動する所のものを感得したり。 かるが故にわれは今なお牧場、森林、山岳を愛す、緑地の上、窮天の間、耳目の触るる所の者を愛す、これらはみなわが最純なる思想の錨、わが心わが霊及びわが徳性の乳母、導者・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 二 倫理学の入門 倫理学の祖といわれるソクラテス以来最近のシェーラーやハルトマンらの現象学派の倫理学にいたるまで、人間の内面生活ならびに社会生活の一切の道徳的に重要な諸問題が、それを一貫する原理の探究を目ざしてとりあげられ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・それよりは、一九三一年の満州上海事変とその後に於て、ファッショ文学が動員されている如く、既に一八九四年の最初の戦争から一貫して、文学は戦争のために動員されていることが注目に価する。そして、そのいずれの文学も下劣極る文学だったことが注目に価す・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・首尾ノ一貫、秩序整然。ケサノコノ走リ書モマタ、純粋ノ主観的表白ニアラザルコトハ、皆様承知。プンクト、ナドノ君ノ気持チト思イ合セヨ。急ニ書キタクナクナッタ。 スベテノ言、正シク、スベテノ言、嘘デアル。所詮ハ筏ノ上ノ組ンヅホツレツデアル、ヨ・・・ 太宰治 「創生記」
出典:青空文庫