・・・この三君は三君なりにいずれも性格を異にすれども、江戸っ児たる風采と江戸っ児たる気質とは略一途に出ずるものの如し。就中後天的にも江戸っ児の称を曠うせざるものを我久保田万太郎君と為す。少くとも「のて」の臭味を帯びず、「まち」の特色に富みたるもの・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・そうしてこれがいちばん大阪的であると私が思うのは、これらの文楽の芸人たちがその血の出るような修業振りによっても、また文楽以外に何の関心も興味も持たずに阿呆と思えるほど一途の道をこつこつ歩いて行くその生活態度によっても、大阪に指折り数えるほど・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・そしてまた、普通の女ならさっさと帰ってしまうだろうに、いつまでも清荒神の駅に佇んでいる女の気持も、従順とか無智とかいうよりも、何か思いつめた一途さだった。 新吉の勘は、その中年の男女に情痴のにおいをふと嗅ぎつけていた。情痴といって悪けれ・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ 迷いもせず一途に1の数字を追うて行く買い方は、行き当りばったりに思案を変えて行く人々の狂気を遠くはなれていたわけだが、しかし取り乱さぬその冷静さがかえって普通でなく、度の過ぎた潔癖症の果てが狂気に通ずるように、頑なその一途さはふと常規・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 勢いっぱいに張り上げたその声は何か悲しい響きに登勢の耳にじりじりと焼きつき、ふと思えば、それは火のついたようなあの赤児の泣声の一途さに似ていたのだ。 その日から、登勢はもう彼らのためにはどんな親切もいとわぬ、三十五の若い母親だった・・・ 織田作之助 「螢」
・・・そうして、あんな気取り屋の坊ちゃんを、これまで一途に愛して来た私自身の愚かさをも、容易に笑うことが出来ました。やがてあの人は宮に集る大群の民を前にして、これまで述べた言葉のうちで一ばんひどい、無礼傲慢の暴言を、滅茶苦茶に、わめき散らしてしま・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・よし、やろう。一途に、そんな気持だった。 嫂が私たちをさがしに来た。「まあ、こんなところに!」明るい驚きの声を挙げて、「ごはんですよ。美知子さんも、一緒にどうぞ。」嫂はもう、私たちに対して何の警戒心も抱いていない様子だった。私にはそ・・・ 太宰治 「故郷」
・・・母が死んでから、もう、元気がないようでしたが、それから、すこし、まあ遊びはじめたのでしょうね、店は可成大きかったのですが、衰運の一途でした。あのときは全国的に呉服屋が、いけないようでした。いろいろ苦しいこともあったのでしょう。いけない死にか・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・おれは、友人の不名誉の病い慰めようと、一途に、それのみ思いつめ、われからすすんで病気になった。けれども、そんなこと、みんなだめ。誰も信じて呉れぬのだ。同じころ、突如一友人にかなりの金額送って、酒か旅行に使いたまえ。今月の小使銭あまってしまっ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・諸君、忠臣は孝子の門に出ずで、忠孝もと一途である。孔子は孝について何といったか。色難。有事弟子服其労、有酒食先生饌、曾以是為孝乎。行儀の好いのが孝ではない。また曰うた、今之孝者是謂能養、至犬馬皆能有養、不敬何以別乎。体ばかり大事にするが孝で・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫