・・・私が東京を去って、この七月でまる四年になるが、その間に、街路や建物が変化したであろうと想像される以上に人間が特に文学の上で変っていることが数すくない雑誌や、旬刊新聞を見ても眼につく。殊に、それが現実の物質的な根拠の上に立っての変化でなく、現・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・六月にもやってきた。七月にもやってきた。「畜生! あいつらのしつこいのには根負けがしそうだぞ!」 ワーシカは、夜が短い白夜を警戒した。涼しかった。黒竜江の濁った流れを見ながら、大またに、のしのしと行ったりきたりするのは、いい気持のも・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ それは西暦千八百六十五年の七月の十三日の午前五時半にツェルマットという処から出発して、名高いアルプスのマッターホルンを世界始まって以来最初に征服致しましょうと心ざし、その翌十四日の夜明前から骨を折って、そうして午後一時四十分に頂上・・・ 幸田露伴 「幻談」
私は慶応三年七月、父は二十七歳、母は二十五歳の時に神田の新屋敷というところに生まれたそうです。其頃は家もまだ盛んに暮して居た時分で、畳数の七十余畳もあったそうです。併し世の中が変ろうというところへ生れあわせたので、生れた翌・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 七月に入って、広岡理学士は荒町裏の家の方で高瀬を待受けた。高瀬の住む町からもさ程離れていないところで、細い坂道を一つ上れば体操教師の家の鍛冶屋の店頭へ出られる。高い白壁の蔵が並んだ石垣の下に接して、竹薮や水の流に取囲かれた位置にある。・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ この話が川越の加藤大一郎さんととうさんとの間にまとまり先方の承諾を得たのは、ことしの七月のころでした。大一郎さんはそのために一度東京へ出て来てくれました。いろいろ打ち合わせも順調に運び、わざとばかりの結納の品も記念に取りかわしました。・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・ とひとりごとのようにおっしゃって、幽かに笑い、それから、マサ子と私に半々に言い聞かせるように、「七月十四日、この日はね、革命、……」 と言いかけて、ふっと言葉がとぎれて、見ると、夫は口をゆがめ、眼に涙が光って、泣きたいのをこら・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ 七月三日井原退蔵 木戸一郎様 拝啓。 のがれて都を出ました。この言葉をご存じですか。ご存じだったら、噴き出した筈です。これは、ひどく太って気の毒な或る女流作家の言葉なのです。けれども、此の一行の言葉には、迫・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 去年の七月にはあんなにたくさんに池のまわりに遊んでいた鶺鴒がことしの七月はさっぱり見えない。そのかわりに去年はたった一匹しかいなかったあひるがことしは十三羽に増殖している。鴨のような羽色をしたひとつがいのほかに、純白の雌が一羽、それか・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ このような感じをいっそう深くするものはルネ・クレール最近の作品「七月十四日」である。この映画も言わばナンセンス映画で、ストーリーとしては実にたわいないものである。しかし、アメリカ人のナンセンスとは全く別の種類に属するナンセンス芸術・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫