・・・ 溝のこっちに画架をすえて対岸の榎と赤い倉庫とすすきとの三角形を主題にしてかき始めた。 かいているすぐそばには新しい木の香のする材木が積んであった。また少し離れた所には大きな土管がいくつも砂利の上にころがしてあった。私がそこへ来る前・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 日本の絵画には概括的に見て、仏教的漢詩的な輸入要素のほかに和歌的なものと俳句的なものとの三角形的な対立が認められ、その三角で与えられるような一種の三角座標をもってあらゆる画家の位置を決定することができそうに思われる。たとえば狩野派・土・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
幾何学を教わった人は誰でもピタゴラスの定理というものの名前ぐらいは覚えているであろう。直角三角形の一番長い辺の上に乗っけた枡形の面積が他の二つの辺の上に作った二つの枡形の面積の和に等しいというのである。オルダス・ハクスレー・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・鼻の穴が三角形に膨脹して、小鼻が勃として左右に展開する。口は腹を切る時のように堅く喰締ったまま、両耳の方まで割けてくる。「まるで仁王のようだね。仁王の行水だ。そんな猛烈な顔がよくできるね。こりゃ不思議だ。そう眼をぐりぐりさせなくっても、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・風なき河に帆をあやつるのだから不規則な三角形の白き翼がいつまでも同じ所に停っているようである。伝馬の大きいのが二艘上って来る。ただ一人の船頭が艫に立って艪を漕ぐ、これもほとんど動かない。塔橋の欄干のあたりには白き影がちらちらする、大方鴎であ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・しかしいかに大なるとも人間の智は人間の智であり、人間の徳は人間の徳である。三角形の辺はいかに長くとも総べての角の和が二直角に等しというには何の変りもなかろう。ただ翻身一回、此智、此徳を捨てた所に、新な智を得、新な徳を具え、新な生命に入ること・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・然るに三角形の三つの角の和が二直角であるということが、三角形の本質から離すことができない如くに、神の存在ということは、神の本質から離すことはできぬ。存在ということの欠けた最高完全者というものを考えることは、谷のない山を考える如く自己撞着であ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ 彼は、自分から動く火吹き達磨のように、のたうちまわった挙句、船首の三角形をした、倉庫へ降りる格子床の上へ行きついた。そして静かになった。 暗くて、暑くて、不潔な、水夫室は、彼が「静か」になったにも拘らず、何かが、眼に見えない何かが・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或いは三角形、或いは四辺形、あるいは電や鎖の形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をや・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・おびただしいそういう連中の形作る底のひろい三角形の頂点の部分、「情熱と信念」とをもって今日動いている一部の指導的な連中と、大衆を指導すべき真面目な一部の文学者である自分たちとが結合すべしというのである。 こういう「大人」がこの社会につい・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
出典:青空文庫