・・・子どもの大勢ある細君の代わりに十三四のクイティの女をめとった商売人上がりの仏蘭西の画家です。この聖徒は太い血管の中に水夫の血を流していました。が、唇をごらんなさい。砒素か何かの痕が残っています。第七の龕の中にあるのは……もうあなたはお疲れで・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・なんでも晩年味噌を買いに行き、雪上がりの往来で転んだ時にも、やっと家へ帰ってくると、「それでもまあ褌だけ新しくってよかった」と言ったそうである。 二〇 学問 僕は小学校へはいった時から、この「お師匠さん」の一人息子に・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・まあ来てごらんなさいといったら、それではすぐ上がりますといった。……ところで、これからがほんとうの計略になるんだが、……おいみんな厳粛な気持ちで俺のいうことを聞け。おまえたちのうち誰でも、この場に死んだとして、今まで描いたものを後世に遺して・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・と声を掛けておいて、待ち構えた湯どのへ、一散――例の洗面所の向うの扉を開けると、上がり場らしいが、ハテ真暗である。いやいや、提灯が一燈ぼうと薄白く点いている。そこにもう一枚扉があって閉まっていた。その裡が湯どのらしい。「半作事だと言うか・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 午後は奈々子が一昼寝してからであった、雪子もお児もぶらんこに飽き、寝覚めた奈々子を連れて、表のほうにいるようすであったが、格子戸をからりあけてかけ上がりざまに三児はわれ勝ちと父に何か告げんとするのである。「お父さん金魚が死んだよ、・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・と直ぐにけろりとした風で二つ三つ腰をまげた、ハハハアと笑ったかと思うと直ぐ跡から、旦那鎌なら豪せいなのが出来てます、いう内に女房が出て来て上がり鼻へ花蓙を敷いた、兼公はおれに許り其蓙へ腰をかけさせ、自分は一段低い縁に腰をかけた、兼公は職人だ・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・さあお上がりなさいまし。」と、ちょうど我が子が遠方から帰ってきたように、しんせつにしてくださいました。 年子は、先生の姿が見えないのを、もどかしがっていると、お母さんは、おちついた態度で、静かに、先生は、もうこの世の人でないこと、なくな・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ いうにいえない悲壮な感じが、このとき、少年の胸にわき上がりました。「どんな、遠くへでも歩いていこう。」 少年は、おばあさんから聞いた温泉を思い出して心でいいました。 いよいよ夜が明けると太陽が笑いました。このとき、少年は、・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・といって、空色の着物を着た子供は例の高い岩の上へ、つるつるとはい上がりましたが、はやその姿は見えませんでした。 明くる日の昼ごろ、正雄さんは、海辺へいってみますと、いつのまにやら、昨日見た空色の着物を着た子供がきていまして、「や、失・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・さあ家へお上がり。先方は私からよくいっておく。また私がよいところを捜してあげるから。」と、おじいさんはいいました。 村の子供は、龍雄が家に帰ってきたことを知ると驚きおそれました。また龍雄が外に出ると子供を泣かしてくるので、彼の母親は・・・ 小川未明 「海へ」
出典:青空文庫