・・・その上工業恐慌の影響で、どの工場でも労働者の賃銀が下がる一方であった。賃銀切下げは親方の勝手な才量で行われた。キリスト教とトルストイとは悪に報ゆるに悪をもってするなと云う。禁酒会員であるシャポワロフは、この教義と一日一ルーブルの稼ぎで、母、・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 光尚に阿部の討手を言いつけられて、数馬が喜んで詰所へ下がると、傍輩の一人がささやいた。「奸物にも取りえはある。おぬしに表門の采配を振らせるとは、林殿にしてはよく出来た」 数馬は耳をそばだてた。「なにこのたびのお役目は外記が申し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・留守へは扶持が下がる。りよはお許は出ても、敵を捜しには旅立たぬことになって見れば、これで未亡人とりよとの、江戸での居所さえ極めて置けば、九郎右衛門、宇平の二人は出立することが出来るのである。 りよは小笠原邸の原田夫婦が一先引き取ることに・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 白州を下がる子供らを見送って佐佐は太田と稲垣とに向いて、「生先の恐ろしいものでござりますな」と言った。心の中には、哀れな孝行娘の影も残らず、人に教唆せられた、おろかな子供の影も残らず、ただ氷のように冷ややかに、刃のように鋭い、いちの最・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫