・・・どうぞ葬いの費用を多少なりともお恵み下さいまし。」 これを聞くと、見物の女達は一度にわっと泣き出しました。 爺さんは両手を前へ出して、見物の一人一人からお金を貰って歩きました。 大抵な人は財布の底をはたいて、それを爺さんの手にの・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・だしぬけの、奇妙な申し出だった故、二人は、いえ、構いません、どうぞおあけになって下さいと言ったものの、変な顔をした。もう病気のことを隠すわけにはいかなかった。「……実は病気をしておりますので。空気の流通をよくしなければいけないんです」・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「……さあ、実は何です、それについて少しお話したいこともあるもんですから、一寸まあおあがり下さい」 彼は起って行って、頼むように云った。「別にお話を聴く必要も無いが……」と三百はプンとした顔して呟きながら、渋々に入って来た。四十・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・注文しなさいと言えば、西瓜の奈良漬だとか、酢ぐきだとか、不消化なものばかり好んで、六ヶしうお粥をたべさせて貰いましたが、遂に自分から「これは無理ですね、噛むのが辛度いのですから、もう流動物ばかりにして下さい」と言いますので、それからはズット・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・、なお口軽に、私も一人でのそのそ歩いてはすぐに飽きてしまってつまらんので、相手欲しやと思っていたところへここにおいでなさったのはあなたの因果というもの、御迷惑でもありましょうが、まあ一しょに付き合って下さいな。そのかわりには私はまた、あなた・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・たゞ何心なく他を眺る眼にしては甚決して気にしないで下さいな。気狂だと思って投擲って置いて下さいな、ね、後生ですから。』と泣声を振わして言いますから、『そういうことなら投擲って置く訳に行かない。』と僕はいきなり母の居間に突入しました。里子は止・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・姉は島原妹は他国 桜花かや散りぢりに 真鍋博士の夫人は遺言して「自分の骨は埋めずに夫の身の側に置いて下さい」といわれたときく。が博士もまた先ごろ亡くなられた。今は二人の骨は一緒に埋められて、一つの墓石となられたであろう。・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・「私は、内地へ帰らして下さい!」 その眼は、純粋な憐れみを乞うていた。「どうだ、もう並食を食うとるんだろう?」 軍医は、上唇を横にかすり取られた幼なげな男に、こうきいた。「はい。」「どれ、口を開けてごらん?」 こ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・どういう入わけなんですか聴かせて下さい。実はコレコレとネ。女だって、わたしあ、あなたの忠臣じゃありませんか。」 忠臣という言葉は少し奇異に用いられたが、この人にしてはごもっともであった。実際この主人の忠臣であるに疑いない。しかし主人の耳・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・元気でいて下さい。――云々。 救援会の人は手紙を前にしばらくじッとしていたが、そこに争われない事実を見たと思った。――一九三一・八・一七―― 小林多喜二 「争われない事実」
出典:青空文庫