・・・そこで屋台店の亭主から、この町で最も忙しい商店の名を聞いて、それへ行って小僧でも下男でもいいから使ってくれと頼んだ。先方はむろん断った。いろいろ窮状を談して執念く頼んでみたが、旅の者ではあり、なおさら身元の引受人がなくてはときっぱり断られて・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ ところが十二の時と記憶する、徳二郎という下男がある日、僕に今夜おもしろい所につれてゆくが行かぬかと誘うた。「どこだ。」と僕はたずねた。「どこだと聞かっしゃるな、どこでもええじゃござんせんか、徳のつれてゆく所におもしろうない所は・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・太い大黒柱や、薄暗い米倉や、葛の這い上った練塀や、深い井戸が私には皆なありがたかったので、下男下女が私のことを城下の旦坊様と言ってくれるのがうれしかったのでございます。 けれども何より嬉しくって今思いだしても堪りませんのは同じ年ごろの従・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・そのころ四十ばかりになる下男と十二歳になる孫娘と、たった三人、よそ目にはサもさびしそうにまた陰気らしゅう住んでいたが、実際はそうでなかったかもしれない。 しかるにある日のこと、僕は独りで散歩しながら計らずこの老先生の宅のすぐ上に当たる岡・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・畢竟祖父祖母が下女下男を多く使って居た時の習慣が遺って居たので、仏檀神棚なども、それでしたから家不相応に立派でした。しかし観行院様はまた洒落たところのあった方で、其当時私に太閤が幼少の時、仏像を愚弄した話などを仕てお聞かせなさった事もありま・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・父と母は、さながら子供たちの下男下女の趣きを呈しているのである。 夏、家族全部三畳間に集まり、大にぎやか、大混乱の夕食をしたため、父はタオルでやたらに顔の汗を拭き、「めし食って大汗かくもげびた事、と柳多留にあったけれども、どうも、こ・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・そして、夏は下男たちの庭の草刈に手つだいしたり、冬は屋根の雪おろしに手を貸したりなどしながら、下男たちにデモクラシイの思想を教えた。そうして、下男たちは私の手助けを余りよろこばなかったのをやがて知った。私の刈った草などは後からまた彼等が刈り・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ていまして、このたびの農地調整とかいう法令の網の目からも、もれるくらいのささやかな家でございまして、しかし、それでも、あの部落に於いては、やや上流の家庭となっているようで、私たちの子供の頃には、下女も下男もおりました。そうして、やはり、私が・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・子供の時分に姉の家に庫次という眇目の年取った下男が居た。それがある時台所で出入りの魚屋と世間話をしながら、刺身包丁を取り上げて魚屋の盤台の鰹の片身から幅二分くらい長さ一尺近い細長い肉片を巧みにそぎ取った。そうしてその一端を指でつまんで高く空・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・それからまた低気圧が来て風が激しくなりそうだと夜中でもかまわず父は合羽を着て下男と二人で、この石燈籠のわきにあった数本の大きな梧桐を細引きで縛り合わせた。それは木が揺れてこの石燈籠を倒すのを恐れたからである。この梧桐は画面の外にあるか、それ・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
出典:青空文庫