・・・御良人の語られない不如意の大さも、諒察された。けれども、私たち女が、或るひとの妻として生きることと、そして、或る人が、一人の女の生涯を妻としてわが生涯に織りあわせて生きる互の結ばれの深さは、はじめから便利、不便利を超えたことと思われる。妻の・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・寒さとすべての不如意があった。それにもかかわらず、新しい社会に生れ変ったソヴェトの人々は、建設の熱意に溢れて、あらゆる面に自分たちの創造力を発揮した。戦法に於て驚くべきパルチザン闘争をした労働者、農民たちは、文化の面で全く新しい文学作品を送・・・ 宮本百合子 「新世界の富」
・・・ いろいろなひとが、文学作品のなかで青春を描いているけれども、そういうものがいずれもその苦悩や不如意に苦しむ姿の若々しさという面で青春が語られているのは意味ふかく感じられる。漱石の何かの小説のなかに、青春というものは淋しいものだ、という・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・ 骨格逞しい丈夫な民衆の上にあらゆる不如意、不潔、消耗がある。然し彼等はその底をくぐって生きぬくであろう。 民衆のこの生活力の上に立つ限りСССРはアメリカの僧侶が希望する以上に強靭な存在であるのだ。 ファイエルマンは明りを暗く・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・櫛田さんの骨惜しみをしない忠実さ、よい主婦、きちんとした母親らしい仕事ぶりが、全く不如意で物も人手もたりないづくしのクラブの事務に大きいプラスとなった。 三 クラブが出発した半年後に、『婦人民主新聞』が発行・・・ 宮本百合子 「その人の四年間」
・・・その不如意なる父が目を瞠って少女の曲乗に感歎している様はまことに面白い。活動写真が真に迫る云々。幻燈のことであろうか。 書簡註。面に黒ラシャを張って、ガラガラとフォールディングになった開きのついたデスクの上に、母は円ボ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・編輯者もまた不如意な階級的出版の状態からできるだけ読者の要求をとりあげたく思った。一九三二年の後半期から三三年にかけて日本のプロレタリア文化運動が著しく政治的偏向をもったということが今でも一つの先入観になっており或は偏見となっている。そ・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・ヴィルパリジェスに住んだ四五年の間に、バルザックは、或るものは独りで、或るものは友達と協力して、妹ロオルの言うところによれば、実に数十冊の小説をいくつかの仮名で書き、それを売ったのである。不如意な窮屈な生活と闘い、自分ながら本名を出しかねる・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 最近十年間に登場した作家の多くが、散文から全く逸脱して小径を歩いているのも窮極は、精神の不如意と苦悩とによっている。故に壮健な散文家となる希望も、その苦悩そのものの火にしかないわけである。そしてこの苦悩の重圧は、人々をひしぐか鍛えるか・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・笑い云えば、私がこう丸まっちいのも不幸の一つね、と云えるようなものだが、真面目に人生の心持としてとりあげて見ると、私たちの生活を充たしているどころか寧ろその上に、その間に毎日が営まれていると云える程の不如意、願わしくない事情、困難を、それと・・・ 宮本百合子 「フェア・プレイの悲喜」
出典:青空文庫