・・・今朝おまえは、ドミチウスめを抱いて庭園を散歩しながら、ドミチウスや、私たちは、どうしてこんなに不仕合せなのだろうね、と恨みごとを並べて居った。わしは、それを聞いてしまった。隠すな。謀叛の疑い充分。ドミチウスと二人で死ぬがよい。『ドミチウ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・この女は、不仕合せな人だ。「誰もさわるな!」 私は、気を失っているKを抱きあげ、声を放って泣いた。 ちかくの病院まで、Kを背負っていった。Kは小さい声で、いたい、いたい、と言って泣いていた。 Kは、病院に二日いて、駈けつ・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・私の家は、この五、六年、私の不孝ばかりでは無く、他の事でも、不仕合せの連続の様子なのである。おゆるし下さい。「K町の、辻馬……」というには言った積りなのであるが、声が喉にひっからまり、殆ど誰にも聞きとれなかったに違いない。「もう、い・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・そもそも吉原の女と言えば、女性の中で最もみじめで不仕合せで、そうして世の同情と憐憫の的である筈でございましたが、実際に見学してみますると、どうしてなかなか勢力のあるもので、ほとんどもう貴婦人みたいにわがままに振舞い、私は呶鳴られはせぬかとそ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・流してくれるかも知れない、乃公を本当に愛してくれたのは、あの竹青だけだ、あとは皆、おそろしい我慾の鬼ばかりだった、人間万事塞翁の馬だと三年前にあのお爺さんが言ってはげましてくれたけれども、あれは嘘だ、不仕合せに生れついた者は、いつまで経って・・・ 太宰治 「竹青」
・・・どうせ、私は不仕合せなのだ。断って、亡父の恩人と気まずくなるよりはと、だんだん気持が傾いて、それにお恥ずかしいことには、少しは頬のほてる浮いた気持もございました。おまえ、ほんとにいいのかねえ、とやはり心配顔の母には、それ以上、話もせず、私か・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・実に私は不仕合せな男です。そう思いませんか。島田の小説の中にこんな俳句がありました。白足袋や主婦の一日始まりぬ。白足袋や主婦の一日始まりぬ。実際、ひとを馬鹿にしている。私はあの句を読んだ時には、あなたの甲斐々々しく、また、なまめかしい姿があ・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・それ以来、私の不仕合せがはじまった。おまつりが好きなのだけれども、死ぬるほど好きなのだけれども、私は風邪をひいたといつわり、その日一日、部屋を薄暗くして寝るのである。 ああ、それで何枚になった?マツ子は、人差し指の先を嘗めて、一枚二枚三・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・けれども、これから不仕合せが続きます、と書きます。どうだろうね。こんな魔法使いの娘と、王子さまでは身分がちがいすぎますよ。どんなに好き合っていたって、末は、うまく行かないね。こんな縁談は、不仕合せのもとさ。どうだね?」と言って、末弟の肩を人・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・左れば此至親至愛の子供の身の行末を思案し、兄弟姉妹の中、誰れか仕合せ能くして誰れか不仕合せならんと胸中に打算して、此子が不仕合せなりと定まりたらば両親の苦痛は如何ばかりなる可きや。子供の心身の暗弱四肢耳目の不具は申すまでもなく、一本の歯一点・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫