・・・私は風呂敷包みを解いて、はじめて手にするほどの紙幣の束の中から、あの太郎あてに送金する分だけを別にしようとした。不慣れな私には、五千円の札を車の上で数えるだけでもちょっと容易でない。その私を見ると、次郎も末子も笑った。やがて次郎は何か思いつ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・寸志、一枚八円にて何卒。不馴れの者ゆえ、失礼の段多かるべしと存じられ候が、只管御寛恕御承引のほどお願い申上げます。師走九日。『大阪サロン』編輯部、高橋安二郎。なお、挿絵のサンプルとして、三画伯の花鳥図同封、御撰定のうえ、大体の図柄御指示下さ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・という。不馴れのものは、自分たちの権利のつかいどころを知らない。云われるままになるしか方策がない。今の場合、自分は、認定で送れるのだと云われても、ただ常識で、そんな不合理なことがあるか! と撥ねかえすばかりなのであった。「大体、文化・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・南のことは誰も不馴れで、何となく手がない気がして、決心ばかりするしかないのだけれど、こちらでこれだけのことがわかって包みが間に合えば、いくらか心ゆかせになるというものです。梅干布などというものもあって、これは島田で作っていただきます。さらし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・彼が一応のスタイルをこわして、ヴァレリーの言葉から、日本庶民の理性の暗い、理性によって処理されない事象と会話の中に突入している生真面目さを、ただ日本語の不馴れな作家の時代錯誤とだけ云いすてる人はないだろう。 民主革命の長い広い過程を思え・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ 民主的出版物の編集が、ひとり合点で、不馴れであるし拙劣である上に、第三者に真の努力を感じさせるだけの迫力を欠いているということは、出版文化委員会の席上で、しばしば発言されたことであった。出版の仕事は客観的な現実のうちにさらされている事・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・家には、そのようなハガキを待っているという人も居なかったし、不馴れな多人数での外国旅行で、さすがの父にも、この「西欧行脚」を完結することは不可能であった有様がうかがわれます。 以下に、折々の通信のほんの一部分を抄出し、これらの通信の書か・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・パン店の方では仕事に不馴れなデレンコフの妹マリアとその友達の、バラ色の頬をした娘とが商売している。 ゴーリキイは、朝早く、焼きあげたパンをデレンコフの店へ運び、更にいろんなパンの詰った二プードの籠をもって神学校へ走って行った。時によると・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫