・・・三軒の雑誌社に約束した仕事は三篇とも僕には不満足だった。しかし兎に角最後の仕事はきょうの夜明け前に片づいていた。 寝床の裾の障子には竹の影もちらちら映っていた。僕は思い切って起き上り、一まず後架へ小便をしに行った。近頃この位小便から水蒸・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・ただそれら現代語の詩に不満足な人たちに通じて、有力な反対の理由としたものが一つある。それは口語詩の内容が貧弱であるということであった。 しかしその事はもはやかれこれいうべき時期を過ぎた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・其多くの不満足の中に、最も大なる不満足は、此家にお繁さんの声を聞かなかった事である。あアそうだ外の事は一切不満足でも、只同情ある殊に予を解してくれたお繁さんに逢えたら、こんな気苦しい厭な思いに悶々しやしないに極ってる。いやたとえ一晩でも宿め・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・「君と久し振りで会って、愉快に飲んだし、思いもよらない君の戦話を聴いたし、もう、何にも不満足はない。休ませて貰おう。」「それでは二階へ行こか?」「まア、鳥渡待っておくれやす」と、細君は先ず僕等の寝床を敷きにあがった。僕等は暫くし・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・が、この不完全な設備と不満足な知識とを以て川に臨んでいる少年の振舞が遊びでなくてそもそも何であろう。と驚くと同時に、遊びではないといっても遊びにもなっておらぬような事をしていながら、遊びではないように高飛車に出た少年のその無智無思慮を自省せ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・しかしこればかりでは地球がいやでも西から東に転ずるのと少しも違ったところはない、徹した心持がない、生きていない、不満足である。そこでいろいろ考えて見ると、どうもやはりその底に撞きあたるものは神でも真理でもなくして、自己という一石であるように・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ 自己批評の鋭いこの人自身に不満足と感ぜらるる点があると仮定する。そしてそれらの点までもなんらの批評なしに一般多数に承認され賛美される事があると仮定した時に、それにことごとく満足して少しもくすぐったさを感じないほどに冷静を欠いた人とはど・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・ もう一つ音楽家にとって不満足であろうと思うのは、たとえ音色がよく再現できていると言ったところで、これをほんとうの楽器に比べればどうしてもいくぶんの差違のある事は免れ難い事である。いろいろな音の相対的の関係はかなりによく行っていても、全・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 人物が活々描かれていない点がブリーノフにとっても不満足だ。まるで村を通って、百姓に出会ったはいいが、挨拶して、そのまんまわきを通りぬけちまったような工合だ。言葉が持ってまわっている。ほんとに農民らしい、一言きいて多くのことが分るような・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・其を読むほどの人々は、様々な期待、要求、満足、不満足に、おのずからこの十数年間濃くされて来た個人個人の気質や生きこしかたの色と匂いを絡み合わせて、其について語っていた。忙しくなってゆく迅さは、重吉が市中の混雑や、つっけんどんな乗物の出入りに・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫